【台詞起こし】Romeo and Juliet

キャスト

道枝駿佑 ーーーー ロミオ

・茅島みずき ーーー ジュリエット

宮崎秋人 ーーーー マキューシオ
森田甘路 ーーーー ベンヴォーリオ、夜警③
小柳心 ーーーーー ティボルト、夜警②
・坂本慶介 ーーーー ジョン修道士
栗原英雄 ーーーー キャピュレット
太田緑ロランス ー キャピュレット夫人
高橋克明 ーーーー モンタギュー
・鈴木崇乃 ーーーー モンタギュー夫人

・冨永竜 ーーーーー 召使い、夜警①
・久留飛雄己 ーーー バルサザー
・天野勝仁 ーーーー ジョン修道士、夜警
・和田慶史朗 ーーー ピーター

平田敦子 ーーーー 乳母
花王おさむ ーーー 大公、薬屋
斉藤暁 ーーーーー ロレンス神父

※台詞のある役のみとしています。

台詞

第一幕

いずれ劣らぬ二つの名家。
華の都・ヴェローナに新たに噴き出す古の遺恨。
人々の手を血で汚す。
不倶戴天の体内から産声上げた幸薄い恋人。
重なる不運が死を招き、親の不和をも埋葬する。
死を記された恋の成り行き、愛し子の生命果てるまで終わりを知らぬ親同士の争い。
3時間の舞台で繰り広げ、ご高覧に興じます。
至らぬ所も御座いましょうが、ご満足頂けるよう努めます。

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ベンヴォーリオ:やめるんだ!剣を納めろ、何をやっているのかわかっているのか!
ティボルト:おい!腰抜け相手に剣を抜くのか。こっちを向け、ベンヴォーリオ。命は貰った。
ベンヴォーリオ:俺は仲裁しようとしただけだ。剣を納めろ!
ティボルト:なんだと?抜き身を翳して仲裁だぁ?そんな言葉は真っ平だ!地獄もモンタギューも貴様もな!

キャピュレット:老いぼれのモンタギュー!これ見よがしに剣を振り翳しおって!
モンタギュー:悪党のキャピュレット!止めるな、離せ!
大公:治安を乱す不貞の輩。隣人の血で刃を穢す不埒な者。聞く耳が無いのか?犬畜生にも劣る。邪な痛みの火を己の血管から迸る鮮血で消そうと言う。懲罰を恐れるならその血塗れの手から凶器を大地に投げ捨て、怒りに燃える大公の言葉を聞け!キャピュレット、モンタギュー。愚にもつかぬ言葉から生じたそなた等の争いは、三度に及び我が地の平安を乱した。今後再び市街を騒乱に巻き込んだら、治安攪乱の罰として死刑を申し渡すぞ。今日の所は他の者は全て立ち去るが良い。キャピュレット、そなたは私と共に来てくれ。モンタギュー、そなたは昼過ぎに来るように。この件に関し、私の意向を伝えたい。法廷に出頭するのだ。重ねて申し渡す。生命が惜しいなら皆、立ち去れ!

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モンタギュー:この古い争いに新たな火を付けたのは誰だ。甥よ、お前は初めからその場に居たのか?
ベンヴォーリオ :僕が来合せた時にはもう、両家の召使い達が争っていました。引き分けをと剣を抜いた途端、血気に逸るティボルトが抜き身を翳し啖呵を切りながら飛び込んできたのです。
モンタギュー夫人:あぁ、ロミオはどこ?今日会いましたか?あの子がこの喧嘩の場に居合わせなくて本当に良かった…。
ベンヴォーリオ:叔母様。尊い太陽が金色の東の窓から顔を覗かせる一時間前、胸の悶えに駆り立てられて表に出たのですが、街の西の外れに茂る鈴懸の森で朝まだき、ご子息が歩いているのを見掛けました。近づこうとすると僕に気が付き、こっそり森蔭に隠れてしまった。
モンタギュー:朝ともなれば幾度となくそこで倅を見掛けるそうだ。降りたばかりの朝露に涙を添え、深い吐息で霧を更に曇らせて…
ベンヴォーリオ:叔父上、その原因をご存知ですか?
モンタギュー:知らない。倅も言おうとはしない。
ベンヴォーリオ:手を尽くし聞き出そうとなさったことは…
モンタギュー:儂も尋ねた!友人達にも聞いてもらった。だが倅は自分一人を相談相手とし、それが身の為とは思えないがその胸ひとつに秘密をひた隠し探りようも突き止めようもない。まるで…悪い虫の付いた花の蕾。馨しい花弁を風に広げ、その美しさを太陽に捧げる前に蝕まれてしまう。あの哀しみがどこに根ざしているかが解りさえすれば、すぐにも治してやりたいのだが…
ベンヴォーリオ:あそこにロミオが!どうかあちらへ。哀しみの元を聞き質してみます。拒まれるかもしれませんが。
モンタギュー:ここに残り、倅の本心を掴んでもらえれば有難い。さぁ、お前もあちらへ。

ベンヴォーリオ:おはよう!ロミオ。
ロミオ:まだそんな時刻か。
ベンヴォーリオ:9時を打ったところだ。
ロミオ:はーあ、悲しい時間は進みが鈍い。急いで立ち去ったのは父上か?
ベンヴォーリオ:そうだ。どんな哀しみがロミオの時間を引き延ばしているのかな?
ロミオ:手に入れば時間を早めるものが、手に入らないからだ。
ベンヴォーリオ:恋か!?
ロミオ:恋に。
ベンヴォーリオ:敗れて!?
ロミオ:恋する人の好意が得られない。
ベンヴォーリオ:あぁ、見掛けは優しい恋も、その正体は手荒で残酷なのか!?
ロミオ:はあ、いつも目隠しをしている癖に、恋の神は目が見えないまま思い通りに目当ての的を射る。食事はどこでしようか?そうだ、喧嘩騒ぎがあったそうだな。
ベンヴォーリオ:ああ…
いや言わなくていい、すっかり聞いた。憎しみが元の騒動も相当だが、恋が元だともっと大きい。なんの事はない。はあ…憎みながらの恋、恋ゆえの憎しみ。はぁ、そもそも無から生まれたもの!はああ…憂いに沈む浮気心、深刻な軽薄さ、形の整った物の中の歪んだ混沌。鉛の羽根、明るい煙、冷たい炎、病んだ健康、眠りとも呼べない醒めた安眠。恋をしながら少しも楽しめない。笑えるだろ?
ベンヴォーリオ:いや、泣けてくる…。
ロミオ:思いやりがあるな、なんでだ?
ベンヴォーリオ:君の嘆きを思いやってだ!
ロミオ:そんな思いやりは返って重荷だ。俺一人の哀しみで胸が潰れそうなのに、君の分まで背負い込んだらどうなる。じゃあまたな。
ベンヴォーリオ:待てよ、一緒に行こう。置き去りにするなんて酷いじゃないか!
ロミオ:俺だって自分をどこかに置き去りにしてきた。ここに居るのはロミオじゃない。どこか他所にいるんだ。
ベンヴォーリオ:真面目な話、相手は誰だ?
ロミオ:なに?惨めな話をしろだと!?
ベンヴォーリオ:惨め!?とんでもない。真面目に誰なのか言えってことだ!
ロミオ:惨めな病人に遺言を書けってことか?病に苦しむ男に世迷言を言うな!真面目な話、俺の恋の相手は…女だ。
ベンヴォーリオ:恋と睨んだとき、そこまでは当たった!
ロミオ:見事に的を射落としたな。相手は一際目立つ美人だ。
ベンヴォーリオ:目立つ的なら落とすのも楽だろう。
ロミオ:それが的外れ。キューピットの矢でも落とせない。処女神ダイアナの分別の持ち主で、純潔の鎧に身を固め、恋の神の柔な矢では擦り傷一つ負わない!口説き文句の総攻撃にもたじろがず、色目を浴びせても靡かない。聖者さえ惑わす黄金を積んでも膝を開かない!はぁ…あれ程の美しさに恵まれていても、仕舞ったまま死んだのでは恵まれない一生だ。
ベンヴォーリオ:一生独身の誓いでも立てたのか?
ロミオ:そうだ、あの人は…ロザラインは恋をしないと誓ったのだ。その誓いのせいで、こうして話している俺は生ける屍。
ベンヴォーリオ:俺の言うことを聞いて、そんな女は忘れてしまえ。
ロミオ:あぁ!どうしたら忘れられるのか教えてくれ。
ベンヴォーリオ:君の眼を自由にしてやれ、他にも美人はいる!良く見るんだ。
ロミオ:よぅし!素晴らしい美人が居るというなら連れてきてみせろ!そんな美しさが何になる?結局はその素晴らしい美人より、もっと素晴らしい人のことを思い出すだけだ。…さようなら。忘れる方法を教えるなんて出来っこない。
ベンヴォーリオ:いずれ教える!口だけには終わらせない!

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キャピュレット:しかしモンタギューも同じお咎めを受けた。それに考えてみれば、我々老人には争いを止めるのは差程難しい事ではない。
パリス:ご両家共、音に聞こえた名門。これ程長い間の反目は残念です。ところで、お願いした件のお返事は…
キャピュレット:以前申し上げた事を繰り返すだけです。娘はまだ世間知らずだ。14の誕生日も迎えてはいない。あと2回、夏の盛りを過ぎない内は嫁入り時とは思えません。
パリス:もっと若くて幸せな母となる例もあります。
キャピュレット:早く成るものは早く壊れる。頼みの綱の子供らには先に旅立たれ、残るはあの子一人。あの子だけがこの世の私の望みなのだ。だがパリス殿、娘を口説いて心を掴まれるが良い。儂の意向などは本人の承諾のほんの添え物。娘がうんと言えば儂も同意。あの子の選択に嫌とは言えません。今夜は我が家恒例の宴を開き、親しい客人を大勢招いている。是非ご出席頂きたい。主賓として華を添えていただこう。貧しい我が家だが、今宵ばかりはお楽しみがある。地上の星の美女達が集まり、暗い夜空を明るく照らす。物の数にも入るまいがうちの娘もその中におりましょう。さぁ、ご一緒に。…おい!お前はヴェローナ中をひとっ走り、ここに書いた方々のところへ行き、我が家へのお越しをお待ち申し上げているとお伝えしろ。

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ピーター:俺は、ここに名前が書いてある人達のところへ行けと言われた。ところが俺は、書き手が何という名前を書いたのか皆目分からない。学のある人に聞かなきゃならないなぁ。…ちょうどいいところへ!

ベンヴォーリオ:なあいいか!?火は火を持って制す。苦痛は別の苦痛で和らぐんだ。ぐるぐる回って眩暈がしたら、逆に回ってみればいい。死ぬほどの哀しみも別の哀しみがあれば癒される。その眼が新しい毒に侵されれば、古い毒は消えてなくなる!
ロミオ:それにはオオバコの葉がよく効くなぁ。
ベンヴォーリオ:それって!?
ロミオ:向こう脛の怪我。
ベンヴォーリオ:おいロミオ…気でも狂ったか!?
ロミオ:違っちゃいない。けど気が狂い以上の苦しみだ!牢屋に繋がれ、食い物も貰えず、鞭で打たれ、拷問を受け…やあ、元気かい!
ピーター:お陰様で!失礼ですが、読むのはお出来になりますか?
ロミオ:あぁ、自分の惨めな運命はな。
ピーター:それなら諳んじておいででしょう。私がお尋ねしたいのは、目で見てお読みになれますか?ってことで。
ロミオ:もちろん、知ってる文字と言葉であれば。
ピーター:正直なお答えで。では、御免ください。
ロミオ:待てよ、読めるったら!『マーティナのご夫妻、及びご令嬢方。アンセルム伯爵と美しきご姉妹。プラセンシオ殿及び姪御方。叔父キャピュレット夫妻、並びに令嬢方。我が麗しき姪ロザラインとリビア。…ロザライン?……バレンシオ殿並びにその従兄弟、ティボルト。』華やかな顔触れだな、この面々はどこに集まるんだ?
ピーター:あっちで!
ロミオ:どこだ!?宴会か?
ピーター:うちのお屋敷で!
ロミオ:誰の屋敷だ!?
ピーター:手前共の主人の。
ロミオ:尤もだ。まずそれを聞くべきだったなぁ。
ピーター:聞かれなくともお答えします!主人は大金持ちのキャピュレット様!旦那がモンタギュー一族でなけりゃ、一杯やりにお越しください!ごめんなすって。

ベンヴォーリオ:キャピュレット家恒例の宴会には、ヴェローナ中の憧れの美人だけでなく、君が首ったけのロザラインも来る。行け!そして曇りのない眼で比べてみるんだ、あの人の顔と俺がどうだと言う人の顔と。そうすれば君の白鳥が実は鴉だとわかるだろう。
ロミオ:信心深い俺の眼がそんな偽りを言うなら、涙よ炎に変わってしまえ!幾度も涙に溺れながら死ねなかった異端者同然のこの眼を、嘘をついた罪で火炙りすればいい。俺の恋人より美しい女だって?この世の始まり以来、あの人に並ぶ美女は見た事がない。
ベンヴォーリオ:ちぇっ!あの人を美人と見たのは、比べる女が傍に居なかったからだ!
ロミオ:行こうじゃないか!でもそんな女を見るためじゃない。恋する人の美しさに浸るため、だ!

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キャピュレット夫人:婆や、娘はどこ?…呼んできておくれ!
乳母:おやまぁ、アタシの処女の印に懸けて…と言っても12の時ですが、もうお呼びしましたよ。子羊さーん、てんとう虫さーん。あらやだどうなさったのでしょう。ジュリエット様〜!
ジュリエット:なーにー!誰か呼んだー!?
乳母:お母様ですよ。
ジュリエット:はい、お母様。なんの御用?
キャピュレット夫人:実はね…婆や、ちょっと席を外して。二人だけで話したいの。ば、ばば、婆や!やっぱり居て頂戴。考えてみればお前にも聞いて貰った方が良い。知っての通り、娘ももう年頃。
乳母:そりゃもう。お嬢様のお年なら何時何分何秒まで存じております。
キャピュレット夫人:まだ14にはならないけど。
乳母:ええ、私の歯を14本懸けてもよぅございます。と言っても、10本は儚く欠けて残りは4本…えぇ、まだ14には間があります。収穫祭までは後どのくらいでございましょう?
キャピュレット夫人:二週間とちょっと。
乳母:ちょっとだろうがたんとだろうが、1年365日のうち、収穫祭の晩がくればお嬢様は14歳。スーザンとお嬢様は…神様お恵みを…同い年でした。やれやれ、スーザンは今、神の御許に。アタシには過ぎた娘でございました。兎に角今申し上げたように、収穫祭の晩に14にお成りです。ええそうですとも、よぅく覚えています。あの大地震からもう11年!忘れもしません。1年365日のうち、あの日に乳離れなさった。アタシは乳首にニガヨモギの汁を塗って鳩小屋の影で日向ぼっこをしておりました。旦那様と奥様はマントバへお出掛けでお留守。ええ、ちゃんと覚えています。今申し上げたようにお嬢様は乳首のニガヨモギをお舐めになると、苦かったんでしょうね、可愛かったこと。むずがって、アタシのおっぱいに食ってかかった!その時、鳩小屋がガタガタっときた。もうクビだと言われる前に逃げ出しましたっけ…早いものであれから11年。あの時はもうちゃーんとたっちしてらした。いやそれどころか、そこら中よちよち歩いたり走ったり!だってちょうど前の日、おでこに怪我をなさったんですから。そのとき亭主が…神様お恵みを…本当に陽気な人でした。お嬢様を抱き起こしながら申しました。『おっと、うつ伏せで転びなすったな。もっとお利口になったら仰向けに転ぶんですよ、いいですか?ジュール』。するとどうでしょう、この可愛いお嬢様ったら泣き止んで『うん!』ですって!いよいのその冗談が本当になるんですね。全く、1000年生きたって忘れるもんですか、あの人が『いいですか?ジュール』、するとピタッと泣き止んで、『うん!』。アハハハ!
キャピュレット夫人:もうたくさん!黙って頂戴!
乳母:はい奥様…でも思い出しただけで笑わずには居られません!だって泣き止んで『うん!』ですもの。あ、でもそうそう、おでこにヒヨコのおちんちんくらいのコブが出来て危ないところでしたわ。随分お泣きになられたんですよ。すると亭主が『おっと、俯せに転びなすったな。もっとお年頃になったら、仰向けに転ぶんですよ。いいですか?ジュール』。するとピタッと泣き止んで『うん!』。
ジュリエット:その話もピタッとやめて。お願いばあや、やめて。
乳母:はい黙ります、この通り。どうぞお幸せに!お嬢様はアタシのお乳を差し上げた一番可愛い赤ちゃんですよ。そのお嬢様のお嫁入りの日が見られるだなんて、長生きした甲斐があります。
キャピュレット夫人:そう!そのお嫁入りのことなのよ、今話そうとしていたのは!…ねえジュリエット。結婚について、お前はどう思っているの?
ジュリエット:そんな晴がましいことはまだ夢にも…
乳母:晴がましい!アタシがお乳を差し上げたのでなけりゃ、お嬢様が賢いのはお乳のせいだと言いたいところだけど…
キャピュレット夫人:うん゛!それなら今からでも考えて。このヴェローナには、お前より年下でもう母親になっている良家のお嬢様がいらっしゃる。そういえば私もまだお前の年頃でお前を産んだの。手短に言いましょう。あのパリス様がお前を是非にと言っておいでなの!
乳母:漢の中の漢!お嬢様、あの方は、それこそ世界中の、まあ非の打ち所がない…
キャピュレット夫人:ヴェローナの夏にも、あれ程の華は咲かない!
乳母:そうです!華です!本当に華そのもの…。
キャピュレット夫人:どうなの、あの方を愛せますか?今夜の宴会でお目にかかることになるわ。パリス様のお顔という書物を読み、美の神のペンで書かれた歓びを見つけ出すの!調和の取れた目鼻立ちの一つ一つが、どんな風に中身を引き立てているかをご覧なさい。この美しい書物に分からないところがあれば、眼という注釈から読み取るのよ。この貴重な愛の書物はまだ製本が出来ていない。完璧な美しさに欠けているのは『妻』という表紙だけ!一言で言って、パリス様を好きになれるかしら?
ジュリエット:好きになれるようお目にかかってみるわ、眼で見て好きになれるなら。でも、私の眼から放つ矢は、お母様がお許しになる以上、深くは刺さらないようにします。
ピーター:奥様〜!お客様がお見えになり、食事の支度は整い、奥様は呼ばれ、お嬢様は待ち望まれ、油売ってる婆やは台所で悪口の的!何もかもてんやわんやです。私はこれからご接待役に回ります。どうぞ、急いでお越しください。
キャピュレット夫人:すぐ行きます。ジュリエット、伯爵様がお待ちよ!
乳母:さあお嬢様あちらへ!幸せな昼に続く、幸せな夜を掴むんですよ。

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ロミオ:なあ!断り無しで乗り込むのか?
ベンヴォーリオ:俺達をどう思おうと向こうの勝手だ。こっちも勝手に踊って、さっさと引き上げよう!
ロミオ:松明をくれ、とても踊る気にはなれない。心が暗いんだからせめて明かりを持たせてくれ。
マキューシオ:駄目だよロミオ、何が何でも踊らせてやる!
ロミオ:いいや、御免だね。君達のダンス靴の底は軽いけど、俺の心の底は鉛のように重い。地面に繋がれて動くことも出来ない。
マキューシオ:恋をしてるんだろ?だったらキューピットの翼を借りて空高く舞い上がれ。
ロミオ:あいつの矢に射抜かれて参ってるんだ。あんな軽い羽じゃとても舞い上がれやしない。恋の重りでズブズブ沈むだけだ。
マキューシオ:恋人に重りをかけてズブッとやれば、か弱い恋人のか弱いところには、あぁあぁあぁ、キツすぎる。
ロミオ:か弱いだって!?恋は惨い。残酷で荒々しいものだ。茨のように人を刺す。
マキューシオ:荒々しいならこっちも荒々しくしてやれ。刺されたら挿し返せ!そうすれば向こうの負けだ。
ベンヴォーリオ:さ!門を叩いて入るんだ。皆、入ったらすぐに踊り出すぞ!
ロミオ:松明をくれ!勝負は引き時が肝心。俺は降りる。
マキューシオ:降りるなら引っ張り上げてやる。僭越ながら君が首まで嵌っている恋の泥沼からな。おい昼間の松明だ、行こう!
ロミオ:今は昼間じゃない。
マキューシオ:いや、俺が言ってるのはグズグズすると昼間に松明灯すような明かりの無駄遣いってこと。素直に真意を汲むもんだ。
ロミオ:舞踏会へ行くのに他意はないが、あまり懸命とは言えないな。
マキューシオ:そりゃまたどうして。
ロミオ:昨夜、夢を見た。
マキューシオ:俺も見た。
ロミオ:どんな夢だ?
マキューシオ:夢を見る奴は…嘘を吐くっていう夢。
ロミオ:床には就くな。だが正夢ってこともある。
マキューシオ:そうか、それならマブの女王と一緒に寝たな?あいつは妖精たちが夢を生むのに手を貸すんだ。町役人の人差し指に光るメノウのように小さな姿でやって来て、小人の一団に引かせた馬車に乗り、寝ている人間の鼻先を掠めて通る。車輪の矢はアシナガグモの脛、天蓋はバッタの羽、引き綱は小さな蜘蛛が繰り出す糸、馬の首輪は濡れた月光、鞭の柄はコオロギの骨、打ち綱は繭の細糸、御者は灰色の服を着たブヨだ。こんな風に意義を正し、女王は夜な夜なお出ましになる。恋人たちの頭を通り抜ければ忽ち恋の夢、宮廷人の膝を掠めれば忽ちお辞儀の夢、弁護士の指を掠めれば忽ち報酬の夢、ご婦人の唇を掠めれば忽ちキスの夢。ンーマッ!時には軍人の首筋も通る。すると、敵兵の首を斬る夢!突撃〜!底無しの乾杯の夢!途端に轟く軍鼓の音にスワっと目が覚め飛び起きたものの、くわばらくわばらと祈りを唱えてまたそらぐっすりねんねんころり。み〜んなマブの女王の仕業だ。仰向けに寝ている娘を押さえ付け、早々と重みに耐える稽古をさせて、男に都合のいい女を創りあげるのもあの婆さんだ。それからそれから…
ロミオ:もういい、もういいマキューシオ。君の話はみんな戯言だ。
マキューシオ:そうさ、夢の話だからな!夢とは暇人の頭が創り出す子供。男親は中身のない空想だ。こいつがまた空気みたいに実態が希薄。風より気まぐれで、今凍った北国の胸に愛を囁いていたかと思うと、忽ち腹を替えプイと向きを変え、雨降る南国に身体を寄せる。
ベンヴォーリオ:君が吹きまくる風のせいでボーッとしてしまった。晩餐は済んだだろう、遅れたかもしれない。
ロミオ:早過ぎるかもしれない。……なんだか胸騒ぎがする。まだ運命の星に掛かっている重大事が、今夜の宴をきっかけに恐ろしい効力を発揮し始め、非業の死という忌まわしい刑罰を課して、この胸に宿る不甲斐ない生命の期限を切るような気がする。だが俺の人生の舵取る神よ、航路を導き給え。行こうみんな、張り切って!
ベンヴォーリオ:打て!太鼓を!

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給仕:どこ行った、ピーターのやつ!片付けの手伝いもしないでよ!皿の一枚も仕舞ったか!?皿の一枚も拭いたか!?椅子を片付けて食器棚をどけろ!わあ!皿に気をつけるんだぞ!あのな、ケーキを一切れ取っといてくれないか?それから、門番に言ってスーザンとネロを通してやってくれ!おーい、ピーター!
ピーター:なんだよ、ここにいるぜ。
給仕:わっ!大広間で呼んでるぞ、探してるぞ。お呼びだ!御用だ!
ピーター:あっちとこっち、両方に一度に行くのは無理だ。…ぷはぁ!さぁみんな!頑張ろうぜ、元気に働くのも今のうち。生命あってのも物種だ!

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キャピュレット:ようこそ皆さん!足にマメの出来ていないご婦人なら踊る相手をしてくれますよ。やあやあ、ご婦人方!踊りが嫌だと仰るのはどなたかな?済まして遠慮している方はマメが出来ているに違いない!はははは!どうです、図星でしょう?皆さんよく来てくださった。楽師たち、音楽だ!さ〜あ広がって、場所を開けて。お嬢さん方、踊ったり!

ロミオ:あそこの天使に美しい手を預けている人は誰だ!?
給仕:さあ!存じ上げません!

ロミオ:はぁ…松明に明るく燃える術を教えている。黒人の耳を飾る豪華な宝石のように、夜の頬を飾っている。使うには畏れ多く、この世のものとは思えない尊い美しさ…周りの女達に立ち交じる姿は、まるで鴉の群れに舞い降りた純白の鳩だ!あの手に触れ、この卑しい手に祝福を与えてもらおう。俺の心は今まで恋をしたことがあっただろうか?眼よ、無いと言え!今夜まで、誠の美しさを見たことはなかったのだから!

ティボルト:声からするとこいつはモンタギュー…道化の面に顔を隠し、この祝宴を嘲り馬鹿にする魂胆か。我が一門の家柄と名誉に賭けて、叩き殺しても罪とは思うまい!
キャピュレット:どうしたティボルト、なんだそんなに息巻いて。
ティボルト:叔父上、あいつはモンタギュー一門の敵です!悪党め、この祝宴を馬鹿にしようという悪意からここに乗り込んできたんです。
キャピュレット:若造のロミオか。
ティボルト:ええ、悪党のロミオです!
キャピュレット:まあ落ち着け、放っておけ。紳士らしく行儀良くしてるじゃないか。それに実際ヴェローナ中が、品行方正で礼儀正しい若者だと自慢にしている。儂の屋敷であの男に無礼を働くのは断じて許さない。だから我慢しろ。顰めっ面はやめて、もっと明るい顔になれ。そんな顔は宴会には似合わない。
ティボルト:ぴったりですよ、悪党が客なんだから!あいつには我慢できない!
キャピュレット:我慢するんだ!!…ははは……こら、生意気言わずに我慢しろと言ったらしろ。ここの主人は儂か?お前か?いい加減にしろ。『我慢できない』?なんだってんだ。客人の前でひと騒動起こそうって言うのか、偉そうに。一人前のつもりになりおって。
ティボルト:ですが叔父上、恥辱です!
キャピュレット:いい加減にしろ、生意気なやつだな。これが恥辱か?馬鹿なことをするとお前の傷になるぞ。逆らう気か。
ティボルト:いえ…
皆さん、お見事!…小癪な奴め、大人しくしろ。灯りだ!灯りを増やせ!恥を知れ。俺が大人しくさせてやる。いいな!?…皆さん、愉快にやって下さい!
ティボルト:強いられた忍耐と勝手に沸いてくる怒りがせめぎ合い身体が震えてくる。今は甘い顔をしているが、きっと苦い思いをさせてやる…!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ロミオ:もしも僕の卑しい手が聖なる御堂を汚すなら、それより優しい罪はこれ。僕の唇は顔を赤らめた巡礼二人。こうして控え、そっと口付けして、手荒な手の跡を清めよう。
ジュリエット:巡礼様、そう仰っては貴方の手が可哀想。こんなにも礼儀正しく、帰依する心を示しているのに。聖者の像の手は、巡礼の手が触れる為にある。掌の触れ合いは、巡礼たちの口付け。
ロミオ:聖者にも巡礼にも、唇があるのでは?
ジュリエット:ええ巡礼様、お祈りを唱える唇なら。
ロミオ:それなら愛しい聖者、手がすることを唇にも。唇が祈ります、どうか親交が絶望に変わりませんよう。
ジュリエット:聖者の像は動きません。例え祈りの心は汲んでも。
ロミオ:では…動かないで。祈りの成就を見るまでは。

ロミオ:貴女の唇のお陰で、この唇の罪は清められた。
ジュリエット:それならその罪は、私の唇に移ってしまったの?
ロミオ:この唇の罪が?はあ…なんて優しい咎め方だ。もう一度、その罪を返して。

ジュリエット:お作法通りのキスね。
乳母:お嬢様〜!お母様が、お話があるとか。
ロミオ:お母様って、どなたです?
乳母:まぁお若い方。お母様とはこの屋敷の奥様ですよ。そりゃあ良い奥様。ご聡明で、ご貞淑で…アタシは今話してらしたお嬢様の乳母。いいですか、あの方を手に入れる殿方にはひと財産転がり込みますよ。うふふふ…。
ロミオ:キャピュレットの娘…!高い取引…俺の生命は仇敵からの借り物か?

ベンヴォーリオ:おい帰ろう!今が楽しみの頂点!
ロミオ:ああ、そうらしい。この先は不安ばかりだ。
キャピュレット:おや皆さん、帰り支度は無いでしょう。…おやそうですか?今日はどうもありがとう、ありがとう。皆さん、おやすみなさい!

ジュリエット:ちょっとばあや。あの方はどなた?
乳母:タイテリオ様のご長男。
ジュリエット:今出ていかれるのは?
乳母:さあ…ペトルーティオ様だったかしら?
ジュリエット:その次の方は?踊ろうとなさらなかった方。
乳母:存じません。
ジュリエット:お名前を伺ってきて!…もし結婚しておいでなら、お墓が私の新床になるかもしれない。
乳母:名前はロミオ、モンタギューの!憎い敵の一人息子ですよ。
ジュリエット:私のただ一つの恋が、ただ一つの憎しみから生まれたなんて…知らずに会ったのが早すぎて、知った時にはもう手遅れ。産声を上げた時から不吉な恋、忌まわしい敵を愛すしかないのだから。
乳母:なんですか?なんですか?
ジュリエット:詩の文句よ。ついさっき一緒に踊った方から教わったの。
キャピュレット夫人:ジュリエ〜ット!
乳母:はいはい只今!さあ参りましょう。お客様も皆様お帰りですよ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ロミオ:心の在処はここなのに、どうして立ち去れよう。鈍い土塊のこの身、引き返してお前の中心を探し出せ。

ベンヴォーリオ:ロミオー!おーい、ロミオー!ローミーオー!
マキューシオ:あいつだって馬鹿じゃない。今頃はこっそり家に帰って寝てるだろう。
ベンヴォーリオ:こっちに駆けてきて、この庭の塀を乗り越えた!呼んでみろマキューシオ。
マキューシオ:ようし!呪文で呼び出してやる。ローミーオー!現れ出でよ。ロザラインの煌めく瞳に懸けて。あの広い額と赤い唇に懸けて。可愛い脚と真っ直ぐな脛と震える太腿に懸けて。ついでにその近くの御領地に懸けて!ローミーオー、現れ出でよ。
ベンヴォーリオ:聞いたら怒るぞ。いいか、あいつは梅雨に濡れた夜と仲良くしたいんだろう。恋は盲目!夜の闇がもってこいだ!
マキューシオ:恋が盲目なら的は射抜けないな。今頃あいつは枇杷の木陰に座り、恋人がその実のようであって欲しいと願っているさ。あぁロミオ、貴様の恋人が尻に割れ目のある枇杷で、貴様が細長い梨だといいな。…へっ。ロミオ、お休み。俺はおうちのベッドでおねんねするよ〜。
ベンヴォーリオ:行こう!見つかりたくない奴を見つけようとしても無駄だからな。

ロミオ:……傷の痛みを知らない奴は、他人の傷を嘲笑う。…待て、なんだろう。あの窓から零れる光は…向こうは東。ジュリエットは太陽だ!登れ、美しい太陽。そして妬み深い月を殺してしまえ。月に仕える乙女の君が主人より美しいのを嘆き悲しみ、もうすっかり病み青ざめているんだから。月の女神は嫉妬深い。仕えるのをやめてくれ!

ロミオ:あぁ…あれは俺の可愛い人。あぁ、俺が恋する人だ!その事を報せたい!話している…いや何も言ってはいない。それでもいい、あの眼が物を言っている。答えようか!?いや、厚かましすぎる。相手は俺じゃないんだから。大空で一番美しい二つの星が何かの用で他所へ行き、戻るまで代わりに光ってくれとあの人の眼に頼んでいる!もしもあの眼が夜空に在り、星があの顔に宿ればどうだ。陽の光の前のランプのように、頬の輝きは星達を弾い出せるだろう。星座になったあの人の眼は空に光を溢れさせ、昼と見紛う明るさに鳥達は囀り出すだろう。見ろ!小首を傾げ、頬を片手に預けている。あの手を包む手袋になりたい!そうすればあの頬に触れられる…
ジュリエット:はぁ…。
ロミオ:何か言うぞ!…あぁ、もう一度言ってくれ、輝く天使!頭上遥か闇にも眩い君の姿は、翼ある天使にその物だ!人間たちが振り仰ぎ驚きの眼で見つめると、ゆったりと流れる雲に跨って天空を滑るように渡っていく!
ジュリエット:はぁ、ロミオ。ロミオ、どうして貴方はロミオなの?お父様をお父様と思わず名前を捨てて。それが無理なら私を愛すると誓って!そうすれば私はもう、キャピュレットでは無い。
ロミオ:もっと聞いていようか、今の言葉に応えようか。
ジュリエット:憎い敵は貴方の名前だけ。モンタギューでなくても貴方は貴方。モンタギューって何?手でも無い、足でも無い。腕でも顔でもない。人の身体のどの部分でも無い。あぁ、何か別の名前にして!名前に何があるの?薔薇と言われる花を別の名で呼んでも、甘い香りに変わりはない。ロミオだって同じ、例えロミオと呼ばれなくても、人打ち所のない尊い姿はそのまま残る。ロミオ、名前を捨てて!貴方の身体のどこでもないその名の代わりに、私の全てを受け取ってー!
ロミオ:受け取ろう!その言葉通りに!恋人とだけ呼んでくれれば、それが僕の新たな洗礼。今からはもうロミオでは無い。
ジュリエット:貴方は誰?夜の闇に紛れ、私の秘密を立ち聞きしたのは。
ロミオ:答えようにも名を名乗れない。尊い聖者は自分の名前が憎くてならない。それは君の敵だから。紙に書いてあるなら破ってしまいたい!
ジュリエット:この耳は、貴方の口から漏れた言葉を百とは飲み込んでいない。でも声でわかる!ロミオね、モンタギューの。
ロミオ:いや美しい人!君が嫌ならどちらでもない。
ジュリエット:しー!教えて。なぜ、どうやってここへいらしたの?庭の塀は高くて易々とは乗り越えられない。それに貴方が誰かを考えれば、ここは死の場所。万一私の身内に見つかったら…
ロミオ:恋の軽い翼で塀を飛び越えた。石垣などでは恋を締め出すことは出来ない。恋は出来ることなら何でもやってのける。だから君の身内に邪魔はさせない!
ジュリエット:見つけたら貴方を殺すわ!
ロミオ:あぁ!何十本の剣よりも君の眼の方がずっと恐い。優しい眼差しを向けて欲しい。そうすれば奴等の敵意も弾き返せる!
ジュリエット:貴方が見つかるのは絶対に嫌!
ロミオ:大丈夫、奴らの眼から身を隠す夜の衣を纏っている。だが君が愛してくれないのならいっそ見つかるほうがいい。愛されないまま死を引き延ばすより、奴等の憎悪で命を絶たれる方がまだマシだ!
ジュリエット:誰の手引きでここへ?
ロミオ:恋の手引きで。まず探せと唆したのも恋、恋が助言をしてくれ、僕が眼を貸した。僕は舵取りではないけれど、これほどの宝を得るためなら例え君が最果ての海に現れる岸辺に居ても…冒険に乗り出す。
ジュリエット:ほら、こうして私、夜の仮面を付けている。でなければ娘らしい恥じらいで頬が染まっているわ。さっきあんな言葉を聞かれてしまったのだもの。出来るなら体裁を繕いたい…そうよそう、さっきの言葉は嘘だと言いたい!でも、正しい慎みなんてさようなら!私を愛している?答えはわかっているわ、信じるわ。でもそうと誓っても貴方は破るかもしれない!恋人が誓いを破ってもジュピターは笑うだけとか?あぁ、優しいロミオ。愛しているなら本気で言って!すぐに靡く娘と思うなら、わざと顔を顰め拗ねて見せ、嫌だと言うわ。ただそれでも口説いてくれるなら、そうでなければ駄目!素敵なモンタギュー!私、貴方に夢中なの!だから軽い娘だと思われるかもしれない。でも信じて!釣れない振りをして気を引く女より、ずっと真心があることがわかるはず。本当を言うと、知らないうちに熱い思いを聞かれてさえいなければ私だってもっと余所余所しくしていたわ!お願い、こうして心を許したのを浮気心だと思わないで。暗い夜が明るみに出したのだもの。
ロミオ:誓おう!あの清い月に懸けて!ほら、梶の梢という梢を銀色に染めて…
ジュリエット:あぁ!月に懸けて誓うのはやめて!移り気な月はひと月毎に満ち欠けを繰り返す。貴方の恋もあんな風に変わりやすいといけないから。
ロミオ:じゃあ何に誓おう。
ジュリエット:誓いなんて要らない!でもどうしてもと言うのなら貴方自身に懸けて。貴方は私が崇める神様だから、その誓いなら信じます。
ロミオ:もしも僕の心が…
ジュリエット:あー!やっぱり誓わないでー!!!貴方に会えたのは嬉しいけれど、今夜ここで約束しても嬉しくはない。余りに向こう見ず、余りに無分別、余りに突然…光った!という間もなく消えてしまう稲妻にそっくりだもの。大好きな人、おやすみなさい。この恋の蕾は夏の息吹に育まれ、今度会う時にはきっと美しく花開いている。おやすみ、おやすみ。この胸の甘い安らぎが貴方の心にも宿りますよう。
ロミオ:あぁ!満たされない僕を残して、もう行ってしまうの!?
ジュリエット:今夜どんな満足が得られるというの?
ロミオ:君の愛の真実の誓い。僕の誓いと引き換えに。
ジュリエット:それなら言われる前に差し上げたわ。でももう一度あげ直せたらいいのに。
ロミオ:じゃあ取り返したいの?何の為に?
ジュリエット:もう一度、気前よくあげる為に!でもそれなら私は持っている物を欲しがって居るのだわ。だって、私の気前の良さは海のように限りがない。愛の深さもそう、あげればあげるほど湧いてくる。どちらもキリがない!
乳母:お嬢様〜!
ジュリエット:奥で呼んでるわ。大好きな人、さようなら。ばあや!すぐ行くわ!愛しいロミオ、心変わりしないでね…ちょっと待ってて!すぐ戻ってくるから。
ロミオ:はぁ…幸せだ!!!幸せな夜。夜だからこれはみんな夢なんだろうか?素晴らしすぎる…担がれてるんだろうか?とても現実とは思えない!
ジュリエット:ロミオ、ほんの三言だけ。それで本当におやすみ。貴方の愛に偽りがなく結婚を考えているのなら、明日貴方のところへ使いを出すわ。どこで、いつ式を挙げるのか言付けて。そうすれば私の何もかもを貴方の足元に投げ出し、世界中どこへでも私の旦那様についていく!
乳母:お嬢様〜!
ジュリエット:すぐ行くわ!でも私を騙しているのなら、お願い。
乳母:お嬢様〜!
ジュリエット:行くわよ今すぐ!!!何もしないで頂戴。私を勝手に泣かせておいて。明日、使いを出すわ。
ロミオ:僕の魂に懸けて!
ジュリエット:おやすみ!百万回のご機嫌よう!

ロミオ:君の光が消えて、百万倍も不機嫌だ。恋人に会う時は下校する生徒のように心が弾み、恋人と別れる時は登校する生徒のように心が沈む。
ジュリエット:ロミオ?ねぇ…ロミオ?……小鷹を呼び戻す鷹匠の声が欲しい。親の目があるから細い掠れ声しか出せない。でなければ木霊が住む洞穴を引き裂いて、風を震わせる声が私の声より掠れるまで繰り返しロミオと呼ばせるのに…
ロミオ:俺の名を呼ぶのは、俺の魂。夜に聞く恋人の声は銀の鈴のように甘い。
ジュリエット:ロミオ!
ロミオ:何か?
ジュリエット:明日は何時に使いを?
ロミオ:9時に。
ジュリエット:ええきっと。それまで20年もあるみたい。…何故貴方を呼び戻したのかしら?忘れてしまった。
ロミオ:思い出すまでここに居よう。
ジュリエット:じゃあ忘れたままでいる。いつまでもそこに居てほしいから。どんなに貴方と一緒に居たいか、それだけを想いながら。
ロミオ:いつまでもここに居よう、いつまでも忘れてもらう為に。ここ以外に家があることなど忘れたままで。

ジュリエット:もうすぐ朝よ。やっぱり帰って。でもいたずらっ子が飼っている小鳥と同じで遠くまでは飛ばせたくない。足枷を嵌められた憐れな囚人のように手許からほんの先までは離してやるけど、すぐに絹の細糸で引き戻すの。大好きだから自由に飛んでいって欲しくない。
ロミオ:君の小鳥になりたい。
ジュリエット:あぁ、そうしてあげたい。でも可愛がりすぎて殺してしまうかもしれない。…おやすみ、おやすみ。別れがこんなに甘く切ないなら、朝になるまでおやすみを言い続けて居たい。
ロミオ:君の目には眠りが、胸には安らぎが訪れますよう。僕がその眠りと安らぎになれればどんなにいいだろう…。

ロミオ:これから神父様の庵へ行って助けを請い、この幸せを報せよう。

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神父:灰色の眼をした朝が来る。夜の顰め面に微笑みかけ、東の雲は光の筋で縞模様に染まっていく。斑の闇は陽の神タイタンの車輪に追われ、光の道から酔っ払いのように千鳥足で逃げてゆく。さて、太陽が燃える眼を上げ昼を励まし夜露を乾かす前に、毒草や貴重な薬を凌ぐ花々をこの柳の籠一杯に詰めねばならない。このか弱い花の蕾には、毒も潜めば薬効もある。匂いを嗅げばその効力で五体を元気づけ、口に含めば心臓を止め五感を殺す。こうして美徳と悪徳という二人の王が、人間界でも植物界でも常に対立し戦っている。悪い方が勝ちを収める時、忽ち死という害虫がその植物を枯らしてしまう。
ロミオ:おはようございます、神父様!
神父:祝福あれ。朝早くから誰の声かな、その優しい挨拶は。…若い者のがこんなに早く寝床を離れるのは心に悩みがある証拠。お前の早起きはさしずめ、胸の悩みで眠れなかったせいだな?そうでなければロミオな昨夜、床に就かなかった。どうだ、図星だろう。
ロミオ:その通りです。お陰でもっと楽しい夢が見られました!
神父:神よ、罪の赦しを。ロザラインの所に居たのか?
ロミオ:ロザライン?いえ神父様、違います。その名前もその名に纏わる哀しみも忘れました。
神父:それは良かった。では何処に居たのだ。
ロミオ:もう一度お尋ねになる前にお話しします。実は敵の宴会に出掛けたところ、ある人が僕にいきなり深手を負わせ、相手も僕から傷を受けました。二人の傷は神父様のお力添えと聖なる治癒で治るのです。僕に憎しみはありません。その証拠にこうしてお願いするのは、敵の為でもあるのです。
神父:持って回った言い方はやめて、はっきり言いなさい。謎めいた懺悔には謎めいた赦ししか与えられない。
ロミオ:では、はっきり言います!僕の恋人はキャピュレットの美しい娘と心に決めたのです!僕と同じく、相手の心も決まっています。全ては結ばれ、後はただ神父様のお力で神の前で結ばれることだけ!いつ、どこで、どんな風に出逢い、想いを打ち明け、誓いを交わし合ったかは歩きながらお話します。でもお願いです。今日!僕らを!結婚させて下さい!
神父:これは驚いた。なんという心変わりだ。あんなに夢中になっていたロザラインをこんなにも呆気なく思い切るのか?若者の恋心は胸ではなく眼に宿っているのだな。やれやれ、ロザラインに恋焦がれてどれだけの苦い涙がその青冷めた頬を濡らしたことか。
ロミオ:でも神父様はロザラインへの恋を何度もお叱りになった。
神父:驕れるなとは言った、恋を叱ったのではない。
ロミオ:それに恋を葬れとも。
神父:一つを墓に葬って別のを掘り出せとは言わなかった!
ロミオ:どうか叱らないでください。新しい恋人は愛には愛を、恋には恋を報いてくれる人なんです!前の女はそうではなかった。
神父:お前の恋を見抜いていたからだ。言わば、綴りも覚束無い言葉を暗唱しているようなものだとな。…だが、いいだろう。この浮気者、一緒においで。一つ思うところがある、力になってやる。この縁組が上手くいけば、両家の確執が混じり気のない愛に変わるかもしれない。
ロミオ:さあ早く!じっとしては居られません!
神父:落ち着け。ゆっくり行くのだ。駆け出すものは躓くぞ。…おっとっと。

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マキューシオ:ロミオのやつ、どこ行きやがったんだ?昨夜は帰らなかったのか?
ベンヴォーリオ:親父さんの家にはな、召使いに聞いた。
マキューシオ:やれやれ、青白い石の心のロザライン。そうまであいつを苦しめるのか。今にきっと気が狂うぞ。
ベンヴォーリオ:キャピュレットの甥のティボルトが、ロミオの親父の家に手紙を寄越した。
マキューシオ:決闘状だな?さては。
ベンヴォーリオ:ロミオなら応えて立つさ。
マキューシオ:アー!憐れなロミオ、もう死んでるよ。なまっ白い女の黒い瞳に射抜かれ、恋の歌に耳を貫かれ、盲小僧の稽古矢で心臓のど真ん中をぶち抜かれてな。これでティボルトに立ち向かえるか?
ベンヴォーリオ:じゃあティボルトの方はどうなんだ。
マキューシオ:剣士も剣士、無双の腕だ。超一流のご名家の名剣士。決闘するにもいちいちご大層な理由を挙げる。オー!神業の真っ向突き!ひらりと返して逆手突き!『マイッタカ!』とくる。
ベンヴォーリオ:何とくるって?
マキューシオ:クソ喰らえってんだ!ヘンテコな巻舌でキザったらしい喋り方する奇人変人だ。『イエス様ニ懸ケテ誠ニオ見事ナ剣捌キ。誠ニオ見事ナ男ブリ。誠ニオ見事ナゴ淫売。』ってな具合だ。やれやれお爺さん、情けない世の中じゃありませんか。我々はこういうチンケな銀蝿共に悩まされてるんだ。流行を追いかけ回し、何でも最新じゃなきゃ気が済まない狭しボンボンのボンクラだ!
ベンヴォーリオ:おい、ロミオだ。ロミオだ!
マキューシオ:ロミオ殿…ボンジュール!昨夜は良くも一杯食わせてくれたな。
ロミオ:おはようご両人。俺が何を食わせたって?
マキューシオ:置いてけぼり…置いてけぼりだ!身に覚えがないのか?
ロミオ:ごめんマキューシオ、大事な用があったんだ。そういう場合は礼儀を欠くこともある。
マキューシオ:そういう大事なご用があると、使いすぎた腰が曲がらなくなるもんな!
ロミオ:お辞儀が出来ないってか?
マキューシオ:見事に的を射抜いたな。
ロミオ:穿った解釈のご開陳、痛み入ります。
マキューシオ:俺は礼節の鑑だからな。
ロミオ:礼節の花か?
マキューシオ:当たり。
ロミオ:花なら、俺の靴の透かし模様になっているぞ。
マキューシオ:言ったな、その調子!お前の靴が磨り減るまで俺の洒落に付いてこい。靴底が磨り減っても、洒落は減らずに立派に残る。
ロミオ:底が薄けりゃ減りもするさ。減らず口の、底なしの、薄ら馬鹿だな!
マキューシオ:おいベンヴォーリオ助けてくれ、頼む!俺の知恵は気絶しそうだ。
ロミオ:頑張れ、頑張れ。
マキューシオ:いや駄洒落合戦はもうやめだ。お前のいいカモになるのがオチだ。しかも、お前の頭の中は何もかも、あたかも、酒盛り状態だ。どうだ!カモに関しては俺が一枚上手だろう。
ロミオ:鴨だろうが鴎だろうが二枚は上手だ。お前、三枚目だからな!
マキューシオ:ふざけんなよ、耳噛むぞ!
ロミオ:噛むなってこの如何物食い!
マキューシオ:お前の洒落はキツい。薬味としては効きすぎだな。
ロミオ:鴨料理には合わないかも!
マキューシオ:お、口の減らない野郎だ。伸縮自在、わずかな知恵も伸ばせば伸びるってことか?
ロミオ:お陰で伸び伸びとやってるよ!お前の知恵は…萎んじゃったなぁ。
マキューシオ:どうだ、恋に悶え苦しんでいるよりこの方がずっといいだろう。それでこそ友達甲斐があるってもんだ!縦から見ても、横から見ても、いつものロミオだ!振られに振られ、穴があったら挿れたいなんて言ってしょげてるお前は見てられない!
乳母:ピーター!扇子だよピーター。
マキューシオ:ピーター、扇子で顔を隠すんだとよ。扇子の方が顔より見られるからな。
乳母:これはこれは皆様、お早いお出ましで。
マキューシオ:これはこれは奥様、遅めなお出ましで。
乳母:遅めですって?
マキューシオ:その通り。日時計が淫らな手で正午のアソコを弄ってる。
乳母:厭らしい、なんという人でしょう。
ロミオ:これでも神がお創りになった人間だよ。我と我が手で壊すように。
乳母:まあ、上手いことを仰る。我と我が手で壊すようにですって?皆様、どなたかお若いロミオ様がどこにおいでかご存知ですか。
ロミオ:知ってるよ。でもお若いロミオは探し始めた時より見つけた時の方が大分お老けになってるはずだ。ロミオという名で一番若いのはこの僕だ!僕で間に合わせといておくれ?
乳母:まあ面白いことを仰る。貴方がロミオ様なら、えーっと、押し入ってお話したいことが。
ベンヴォーリオ:夕食にご商売したいとくるんだろ。
マキューシオ:やり手だ!やり手婆だ!そうだ、出た!
ロミオ:出たって何が。
マキューシオ:ウサギちゃんさ。憂さ晴らしに食おうにも詐欺同然の食わせ物。カビて腐りかけた淫売のパイだ!♪淫売のパイ、淫売のパイ。女日照りにゃ我慢もするが、結構毛だらけカビだらけ〜食おうとしてもどっちらけ〜食えないパイに金払えるけ〜♪ロミオ、君の親父さんの家で食事にしないか?
ロミオ:後から行くよ。
マキューシオ:さようなら、使い古しの奥方…さようなら、奥方。♪ 淫売のパイ、淫売のパイ♪
乳母:まあ…なんていけ好かない男でしょう。下品なことばかり言って…お前もお前だよ!アタシがゴロツキにしたい放題されてるのを、ボーッと突っ立って見てるだけなんだから!
ピーター:誰も貴女にしたい放題してるようには見えませんでしたがね〜。もしそうだったら、この腰の道具を抜いてたところです!ほんと、どこの男よりも素早く抜いてみせます!あっははは!
乳母:あー悔しい!身体中が震えてくる!いけ好かないゴロツキー!!!…あ。ところでロミオ様、ちょっと一言。申し上げたように、お嬢様が貴方を探し出せとお言い付けになったのですが、お伝えしろと言われたことはこの胸に仕舞っておきます。ですがその前に、いいですか?お嬢様はまだお若い!ですから、そのお嬢様を誑かすなんざ、罰当たりも甚だしい!卑劣な振る舞いです。
ロミオ:ばあや!お前のお嬢様に伝えてくれ、僕は誓って言うが…
乳母:そりゃもう!確かにお伝えしますとも!おぉ、おぉ…きっと大喜びなさいますよ。
ロミオ:なんて伝えるつもりだ?まだ何も言ってないぞ。
乳母:誓って仰ったと!それこそ紳士らしいお言葉だと存じます。
ロミオ:こう言ってくれ。今日の午後、何とか都合をつけて懺悔に出掛けること。ロレンス神父様の庵へ行って懺悔を済ませ、結婚する!ご苦労様、これを。
乳母:そんなお金なんか…
ロミオ:いいんだ、取っておいてくれ。
乳母:今日の午後ですね、わかりました。必ず。
ロミオ:それからばあや。修道院の影で待っててくれ。一時間以内に下男に縄梯子を持っていかせる。夜の闇に紛れて歓びのマストの天辺まで僕を運んでくれるものだ。さよなら、頼んだよ!骨折りの御礼はするから。さようなら、お嬢様によろしく!
乳母:はい御機嫌よう、あの、ちょっとー!!
ロミオ:なんだい、ばあや!
乳母:…そのご家来、口は堅いんでしょうね?ご存知ですか?二人きりなら秘密は漏れぬ。だから入れるな三人目。
ロミオ:大丈夫。鋼のように堅い男だ。お嬢様によろしく!
乳母:はい…はい御機嫌よう!…んああ!ピーター!先を歩くんだよ!グズグズしないで。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ジュリエット:ばあやを使いに出したのは時計が9時を打った時。半時間もすれば戻ると約束したのに…会えなかったのかしら?そんなはずないわ。あぁ…もうお日様は今日の旅路の頂に掛かり、9時から12時まで3時間も経ったのに、ばあやはまだ!ばあやだって優しい気持ちと若くて熱い血があれば、テニスボールみたいに弾んで行き来するだろうに…私の言葉であの人の所へ、あの人の言葉で私の所へ!でも年寄りは死人みたいな振りをして、愚図で鈍くて怠そうで、鉛みたいに血の気がない。あぁ!帰ってきた!あぁばあや、どうだった!会えたの!?下男は下がらせて。
乳母:ピーター、門の所で待っといで…。
ジュリエット:さあ大好きなばあや。…まあ、どうしたの悲しげな顔をして。悲しい報せでも嬉しそうに話して。良い話でもそんな渋い顔して話したら、折角の甘い調べが台無しだわ。
乳母:もうヘトヘト、ひと息付かせてくださいな。あぁ骨が痛む!どんだけ駆けずり回ったことか。
ジュリエット:私の骨をあげてもいいから教えて。ねえお願い話して。いい人ねばあや、話してよ!
乳母:そんなに急かさないで!ちょっとくらいお待ちになれないんですか?はあ!はあ!ほら!こんなに息切れしてるですよ!はあ!はあ!
ジュリエット:息切れしてるって言う息があるのに息切れしてるわけないわ!帰りが遅くなった言い訳の方が、言い訳してる肝心の話より長いじゃない。
乳母:チッ
ジュリエット:良い報せ?悪い報せ?答えて、どっちなの?詳しいことは後でいいから、安心させて!良いこと?悪いこと?
乳母:まったくお馬鹿さんですね、あんな男を選ぶなんて。お嬢様には男を見る目がお有りにならない!ロミオですって?駄目ですよあれは。顔ときたら…誰より良いですよ。でも脛ときたら…どんな男よりも素敵。手も足も体つきもね!…尤も、取り立てて言うほどのことはないけれど、ま、飛切りですね。
ジュリエット:っしゃあ!
乳母:礼節の花って訳にはいきませんが、確かに子羊みたいにお優しい。さぁお嬢様、あちらへいらしてお祈りを。ところでお食事はお済みですか?
ジュリエット:まだよまだ!でもそんなことならとっくにしてるわ!結婚のことはなんて?ねえなんて?
乳母:あー!頭痛がする!なんて頭だろう!ガンガンして粉々に砕けてしまいそう!あぁこっち側の腰も!腰がー!腰があー!!うわぁ酷いお方〜、あっちこっち駆けずり回らせて…もう死にそうで〜す!
ジュリエット:可哀想に、具合が悪いのね。優しい優しい優しいばあや。教えて?あの人の返事は?
乳母:あの方のお返事は、ご立派な紳士らしくて礼儀正しく、ご親切で、美男で、その上間違いなくご高潔な方で…あぁお母様はどちらに?
ジュリエット:お母様?やだおうちよ、決まってるでしょ!何よ頓珍漢なことばかり言って!あの方のお返事はご立派な紳士らしくお母様はどちらに!?
乳母:やれやれ、お嬢様…すっかりのぼせちゃって。一体どういうことです?それがアタシの骨の痛み止めですか?今後お使いはご自分でなさることですね!
ジュリエット:そんな大袈裟な!ねえ、ロミオはなんて?
乳母:…今日は懺悔にお出掛けになれますか?
ジュリエット:大丈夫。
乳母:では、すぐにロレンス神父様の庵へ。お嬢様を妻になさろうと言う方がお待ちですよ。…ふふふ、ほら、もうほっぺに血が上ってきた。何かと言うとすぐ紅くおなりなのね。さ、急いで教会へ。婆やは他へ回って縄梯子を取ってきます。お嬢様の良い方が暗くなったらそれを伝って小鳥の巣へ登っていらっしゃる!お嬢様のお歓びの為に骨を折るのが婆やの役目。でも夜が来ると、お嬢様が重労働…ふふ。さ、アタシはお昼にします。お嬢様は真っ直ぐ庵へ。
ジュリエット:幸せに向かって驀地!…あ、ばあや。行ってきます!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

神父:天がこの聖なる儀式に微笑みかけ、後々哀しみを以て我らを罰することのありませんよう。
ロミオ:アーメン、アーメン。だがどんな哀しみでも来るがいい!あの人を一目見れる歓び、その大きさに等しい哀しみなどある筈がない。どうか聖なる言葉で二人の手を結び合わせてください!そうすれば愛を貪る死が何をしようと構わない!ジュリエットを妻と呼べればそれで充分です!
神父:そういう激しい喜びには激しい終わりが訪れる。触れ合えば炸裂する火と火薬のように、歓喜の頂で破滅する。甘すぎる蜜は、甘い為に返って鼻につき、味わう程に食欲が無くなる。だから程よく愛すること。長…長続きするのはそういう愛だ。過ぎたるは…
ロミオ:及ばざるが如し!
神父:さあ、来たぞ。…見よ!あの軽やかな足取り。硬い石畳も些かも磨り減るまい。恋する者は夏の風に戯れる蜘蛛の糸に乗っても落ちないと言う。この世の歓びはそれ程に軽いのだ。
ジュリエット:御機嫌よう、神父様。
神父:てい、ていっ!
ロミオ:あぁ、ジュリエット!君の歓びが僕の歓びと同じくらい大きいなら、そしてそれを言い表す力が僕以上なら、君の言葉で辺りの空気を薫らせてくれ。そして…
神父:てい。
ロミオ:そして、この巡り合いが僕らの所へ齎す幸せを、豊かな音楽で解き放ってくれ!
ジュリエット:心の想いは言葉よりもずっと豊かだから、飾りよりも中身を誇りにするものよ。数えられるくらいしか手持ちのお金がないのは貧乏な人。でも、私の誠の愛は大きく増えすぎてその富の半分も数えることが出来ない。
神父:さあ、一緒においで。急いで済ませよう。失礼だが、天なる教会が二人を一つに結ぶまで二人きりにするわけにはいかないのだ。ほほほほほ、さぁ。


第二幕

ベンヴォーリオ:なあマキューシオ、もう帰ろう。日盛りで暑いし、キャピュレットの奴等も出歩いている。ばったり会ったら喧嘩は避けられない。こう暑くちゃ狂った血が騒ぎだすからな…おっと、キャピュレットの奴等だ。
マキューシオ:へん、関係ないね。
ティボルト:俺から離れるな、あいつらに話しかけてやる。これはこれは、お揃いで!どちらさんかにちょっと一言。
マキューシオ:一言だけか?もう一つ、色をつけろよ。一言ついでに一発かます、とかなんとか。
ティボルト:望むところだ、きっかけさえ作ってくれれば。なあ!?
マキューシオ:自分じゃ作れないのか?
ティボルト:マキューシオ。貴様、ロミオと調子を合わせやがって。はははは!
マキューシオ:調子を合わせる!?俺達を旅芸人扱いするのか?それなら覚悟しろ、調子っぱずれな音を聴かせてやる。そうだ!これが俺のバイオリンの弓だ。どうだ!こいつに合わせて踊ってみろ。クソ!調子を合わせるだと?
ベンヴォーリオ:ここは人通りの激しい往来だ。どこか人目に付かないところへ行って、冷静に話し合おう。さもなきゃこのまま別れるんだ。ここじゃ人の目が煩い。
マキューシオ:人の目は見るためにあるんだ、見させておけ。俺は人様に気兼ねして引っ込むような男じゃない。
ティボルト:いや貴様とは休戦だ。ご当人がお出でになった。
マキューシオ:御用人だと?いつ貴様の下男になった。だが貴様が先に立って決闘場へ行くんなら、あいつも着いていく。そういう意味なら御用人とお呼びくださいませだ。
ティボルト:やい、ロミオ。貴様に対するなけなしの愛情では挨拶の言葉はこれしかない。「貴様は、悪党」だ。
ロミオ:…ティボルト。こんな挨拶をされたら当然腹を立てるところだが、君を愛さねばならない理由があるんだ。だから聞き流すよ。それに俺は悪党じゃない。だからこのまま別れよう。まだ俺という人間がわかってないらしいな。
ティボルト:小僧。そんなことで貴様が俺に加えた侮辱の言い訳が立つか?向き直って剣を抜け!
ロミオ:…断じて。君に侮辱を加えた覚えはない。むしろ君の想像以上に君を愛しているんだ。理由はそのうちちゃんと説明する。…だから、キャピュレット!今ではその名も、自分の名前と同じくらい大切に想っている!
ティボルト:こんの…!うりゃあ!
ロミオ:わかってくれ!
ティボルト:うらあ!
マキューシオ:アー!面目丸潰れ!みっともない降参だ。お突き一本で方がつくんだぞ?
ティボルト:来るなら来い!
ロミオ:マキューシオ、剣を収めろ!
マキューシオ:さあ来い!礼のお突きだ。

ロミオ:マキューシオ、乱暴はやめるんだ!大公の命令を忘れたか。マキューシオ!やめろ、ティボルト!
ティボルト:邪魔だ、退け!
ロミオ:マキューシオ!
バルサザー:あああああ!

マキューシオ:やられた!どっちの家もくたばりやがれ。もう駄目だ。奴は逃げたのか?無傷でか?
ベンヴォーリオ:おい、やられたのか!?
マキューシオ:んんああ、かすり傷だ、かすり傷。でも堪えるゥ。おい、医者を呼んでくれ。
ロミオ:しっかりしろ、大した傷じゃない!
マキューシオ:まあな、井戸ほど深くはない。教会の入り口ほど広くもない。でも堪える。効くよ〜!あ、明日、俺に会いに来てみろ。儚く墓に収まってるよ。一巻の終わりだ。ふふふふ…どっちの家もくたばりやがれ!!…畜生。犬猫鼠が引っ掻いて、人間様を死に追いやるとはな。クソ…なんだって割って入ったんだよ!お前の腕の下から刺されたんだぞ。
ロミオ:為を思ってやったんだ。
マキューシオ:どっちの家もくたばりやがれ!!俺を蛆虫の餌にしやがって…やられたよ。しかも強かにだ。お前らの家なんか、くt……
ベンヴォーリオ:おい、ロミオ…ロミオ!マキューシオが死んだ!
バルサザー:うわあああああ!
ロミオ:今日の災いは、この先の日々に暗く垂れ込めている。これはほんの手始め。続く不幸が決着を付けることになる。
ベンヴォーリオ:ティボルトが怒り狂って戻ってきた!
ロミオ:戻ってきたか、いい気になって。マキューシオは殺された!寛大な思いやりなどもう真っ平だ!燃える目の復讐の女神、俺を導いてくれ…。やい、ティボルト。さっきもらった悪党呼ばわり、そっくりそのまま返してやる!マキューシオの魂は、俺たちの頭のすぐ上で貴様が着いてくるのを待っている!貴様か俺か…あるいは二人揃って、こいつの道連れになるんだ!
ティボルト:鼻っ垂れが!!!貴様はこの世でそいつと連んでた。あの世へも一緒に行け。
ロミオ:それはこの剣が決める!うわああああ!
ティボルト:この…!死ね!死ね!死…

ベンヴォーリオ:ロミオ!逃げろ早く!街中が騒ぎ出した、ティボルトは死んだ。何ボーッとしてる!捕まったら死刑だぞ。さっさと逃げろ!
ロミオ:うわあああああああ!俺は運命の慰み者だ!!
ベンヴォーリオ:グズグズするな!!!

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キャピュレット夫人:甥のティボルト…あああ!兄の息子!ティボルト…ティボルト!!
大公:ベンヴォーリオ!この流血争いの口火を切ったのは、誰だ!
ベンヴォーリオ:ここで死んでいるティボルトです。ロミオの手で殺された。ロミオは穏やかに話しかけ、喧嘩など下らない、大公のお怒りを思えと反省を促しました。静かな口調、穏やかな表情で諭したのですが、和解には聞く耳を持たないティボルトのこと。その無法な怒りを和らげるのは無理でした。抜き身を構え、閣下のお身内、マキューシオの胸元に突き掛かったのです。血気に逸るマキューシオもすかさず相手に斬って掛かる。ティボルトも試煉の技で斬り返す。ロミオは大声で「待て、二人とも引け」と叫ぶより早く素早く二人の剣を叩き落とし、間に割って入りました。その腕の下から浴びせたティボルトの恨みのひと突きが、マキューシオの命を奪ったのです。ティボルトは一旦逃げたものの直ぐさま取って返し、ロミオもこうなれば復讐に燃え稲妻のような斬り合いになりました。私が剣を抜いて引き分ける暇もないうちにさすがのティボルトも斬られ、倒れたと見る間にロミオは踵を返して逃げたのです。これが真相です。偽りがあれば、このベンヴォーリオに死を!
キャピュレット夫人:この男は モンタギューの身内!身曳から事を曲げ、嘘をついています。どうか…公正なお裁きを!大公様、お願いです。ロミオはティボルトを殺した、ロミオを生かしてはおけません!
モンタギュー夫人:ああ…!
大公:ロミオがティボルトを殺し、ティボルトはマキューシオを殺した。その血は誰が贖うのだ。
モンタギュー:ロミオではありません、大公。倅はマキューシオの親友でした。確かに罪は犯しましたが、法律が断つべきティボルトの命に決着をつけたまでのこと。
大公:その罪の罰として…即刻ロミオを追放とする!
キャピュレット夫人:うわあああああああ!
モンタギュー夫人:いやあああああ!
大公:其方らの感情の縺れから生じたこの争いには、私も無関係ではない。この不埒な騒動で、我が一族の血も流れたのだからな。
キャピュレット夫人:大公様!
大公:抗いや弁明にも貸す耳はない!涙や祈りも罪を贖うことはできない。従って何も言うな!ロミオは早々に立ち去らせよ!万一見つかれば、その時がロミオの最期。遺体を運び出し、私の命令を待て。人殺しを許すような慈悲は、殺人にも等しい!

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ジュリエット:走って、早く。炎の足の若駒達。火の神フィーバスの今宵の宿へ驀地に。フェイトンのような若い御者ならば、西を目指して鞭を当て、すぐにも暗い夜を齎らしてくれるだろうに。…はあ、愛の営みの夜よ。熱い帷を張り巡らし、行き交う人の眼を覆っておくれ。ロミオが人目に付かず人知れず、この腕に飛び込んで来られるように。恋人達は自らの美しさの明かりがあれば、逢瀬を遂げられる。恋が盲目なら、尚更夜はふさわしい。早く来て、厳粛な夜。お前は黒づくめの衣に身を包んだ、いためしい奥方。二人の穢れない純潔を賭けたこの勝負、どうしたら勝って負けられるか教えて。この頬で騒ぐ男を知らない血は、羽ばたいている野生の鷹。お前の黒いマントで目隠しして。内気な愛で大胆になり、本当の愛の行為が素朴で慎ましいものに思えるように。…早く来て、夜よ、来て。ロミオ!貴方は夜の太陽!夜の翼に乗った貴方は、鴉の背に降ったばかりの雪より白い。…来て、優しい夜。早く来て、愛しい闇。ロミオをこの手に渡して。私が死んだら返してあげる。切り刻んで小さな星になさい。そうすれば夜空の顔は美しく飾られ、世界中の人が夜に恋をし、ギラギラした太陽など崇めるのは止めるだろう。ああ、今日という日は何て長いの?お祭りの前の晩、新しい晴れ着を買ってもらったのにまだ着せてもらえずに焦れている子供の気持ちだわ。ばあやが戻ってきた!報せがあるのね。ロミオの名前を言うだけで誰の声でも天使の声に聞こえる。

ジュリエット:ばあや、どんな報せ?何を持っているの?ロミオに言われた縄梯子?
乳母:ええ…ええ、縄梯子…
ジュリエット:どうしたの?何があったの?何故、手を絞るの?
乳母:ああ、悲しい…死んだ、死んだ。死んでしまった。もう駄目、お嬢様もうお終い!ああ悲しい…死んだ、殺された。死んでしまった。
ジュリエット:神様がそんな酷いことを?
乳母:酷いのはロミオ!神様ではありません!ああ…ロミオ…ロミオ。こんな事になるなんてあんまりだ!ロミオ…!
ジュリエット:お前は悪魔なの!?私をこんなに苦しめるだなんて。そんな拷問のような言葉は地獄で言えばいい。ロミオが死んだの?「はい」とだけ言ってごらん。そんな「はい」を聞けば私はもうお終い。お前が「はい」と返事するのは、あの人の眼が閉じてしまったからなのね?殺されたなら「はい」、違うなら「いいえ」と言って!その一言が、私の幸不幸を決める。
乳母:婆やはあの傷を見ました、間違いなくこの眼で。神様お助けを…男らしいあのお胸のここ!お労しい亡骸。血塗れの、お労しいあの亡骸!青ざめて灰のように真っ青…全身血に浸って、顔中血塗れ。一目で気を失ってしまいました!
ジュリエット:ああ…この胸、すぐに張り裂けてお終い。眼は牢獄へお行き、二度と自由を見ないように。土塊のこの身、今動きを止めて元の土に還るのよ!ロミオと一緒に一つの棺に納まるように…
乳母:ああ、ティボルト…ティボルト!あんなに親しくしてくださったのに。ここまで生きて、貴方の死に目に遭うなんて!
ジュリエット:変な話、風向きが変わったわ。ロミオが殺された?ティボルトが死んだ!?大好きな従兄弟と、もっと大好きな夫が!?それなら最後の審判の喇叭よ。この世の終わりを告げて。二人とも死んだなら、もう生きてはいられない!
乳母:ティボルトは死んで、ロミオは追放。ティボルトを殺したロミオは追放です!
ジュリエット:…ああ、ロミオの手が、ティボルトの血を流したのね?
乳母:ええそう、ああ悲しい…そうなんです。
ジュリエット:毒蛇の心が、花の香りに潜んでいたとは。あんなにも美しい洞窟に龍が隠れていたの?美しい暴君!天使のような悪魔!鳩の羽を持つ鴉!狼の残忍さを宿した子羊!上辺は神さながら、でもその中身は卑劣そのもの!見掛けとあんまりで裏腹!地獄落ちの聖者!誉高い悪党!
乳母:男なんて信用できない、信念も名誉もない!誰も彼も嘘の誓いをする、誓いを破る。心の中で偽善者ばかり!ああ…ピーターはどこ?気付のお酒を少し…この嘆き、苦しみ、悲しみのせいですっかり老けてしまった。…ロミオなんか恥を晒せばいいんだ!
ジュリエット:断たれておしまい、そんな事を願う舌は!ロミオは恥を晒すような人ではない!ああ…あの人を悪く言うなんて…私は獣物だわ。
乳母:ご自分の従兄弟を殺した男を良く言うんですか!
ジュリエット:自分の夫になった人を悪く言えて!?ああ…可哀想な貴方。妻になって3時間の私が貴方の名前を切り裂いたんなら、一体誰の舌が癒すというの?…でもやっぱり悪党。どうして私の従兄弟を殺したの?悪党は従兄弟だわ!私の夫を殺したかもしれない。戻るのよ、馬鹿な涙。湧き出た泉に戻って。お前の雫は元々悲しみへの貢物。それを間違えて喜びに捧げている。ティボルトが殺そうとした夫は生きている!夫を殺そうとしたティボルトは死んだ!嬉しいことばかりなのに、どうして私は泣いてるの!?さっきの一言、ティボルトの死より恐ろしい言葉が私を殺したのよ。忘れてしまいたい。でも、ああ…嫌でも記憶に蘇る。罪人の心に蘇る呪わしい悪事のように…ティボルトは死んで、ロミオは追放。その追放…追放という一言。一万人のティボルトを殺したも同じだわ。ティボルトの死は、それだけでも充分な悲しみ。もしも悲しみが道連れを欲しがるなら、どうしても他の悲しみと連れ立って行きたいなら、「ティボルトが死んだ」の後に続くのが、どうして「お父様も」とか「お母様も」じゃないの?いいえ、お二人ともでもいい。それなら世の常の嘆きだけで済むのだから。でも、ティボルトの死に続く言葉は、「ロミオは追放」。その言葉で、お父様、お母様、ティボルト、ロミオ、ジュリエット!みんな殺され、みんな死んだ!ロミオは「追放」!その言葉が齎す死には、果ても、義理も、限度も限界もない。どんな言葉もその悲しみを言い表せやしない。…ばあや、お父様とお母様はどこ?
乳母:ティボルト様の亡骸を前に泣きくれておいでです。お嬢様もいらっしゃいますか?お連れしましょう。
ジュリエット:涙で傷を洗っているのね。私の涙は、お二人の涙が枯れた時、ロミオの追放に流します。その縄梯子を取って。…可哀想に。お前は騙されたのよ。お前も私も。だってロミオは追放だもの。あの人はお前を私のベッドへの通い路にしたのにね。でも処女の私は処女のまま、未亡人として死ぬんだわ。…おいで、縄梯子。おいで、ばあや。私は新床へ。ロミオ…いいえ死神よ!私の処女を奪うがいい!
乳母:急いでお部屋へ。アタシはロミオ様を探し出し、お嬢様をお慰めしましょう。どこにおいでかは知っています。いいですか…ロミオ様は今夜ここにいらっしゃいます。ロレンス神父様の庵に身を隠しておいでです。
ジュリエット:探してきて。この指輪を…私の騎士に。最後のお別れを言いに必ず来てと伝えてね。

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ロレンス:ロミオ、こっちへ。こっちへ来なさい。怯えているな。お前は苦労に惚れ込まれ、災難と結婚したのだ。
ロミオ:神父様…何か報せは。大公はどんな宣告を…まだ未知のどんな悲しみが、僕の近づきになりたがっているのでしょう。
ロレンス:息子よ、お前はこうした不幸との付き合いに深入りしすぎた。大公の宣告を伝えよう。
ロミオ:宣告は最期の審判。死刑以下のはずはありません。
ロレンス:大公の口から発せられたのは、ずっと寛大なお裁きだ。死刑ではなく、追放。
ロミオ:…はあ?追放?死刑と言ってください!御慈悲です。追放は死よりも恐ろしい顔をしている。追放だなんて言わないでください!
ロレンス:ここ、ヴェローナからは追放だ。堪えるのだ。世界は果てしなく広い!
ロミオ:ヴェローナの外に世界はない!あるのは煉獄、責苦、地獄そのものです。ここからの追放は、世界からの追放。世界からの追放は、死です。だから追放は死の偽名だ!死を追放と呼び、貴方は黄金の斧でこの首を刎ね、必殺の一撃を笑って見ている!
ロレンス:はあ、罰当たりな。国法に照らせばお前の罪は死罪。だが、寛大な大公はお前の肩を持ち、法を曲げてまで死刑という恐ろしい言葉を追放に変えてくださった。これ程の御慈悲がお前にはわからないのか。
ロミオ:これは拷問です!慈悲ではありません!天国はジュリエットの住むここにある。猫も犬も小鼠も取るに足らない生き物も皆この天国に住み、ジュリエットを見ることが出来るのにロミオには許されない。臭い肉に集る蝿の方がロミオより遥かに恵まれ、身分も高く、優雅に暮らせる。可愛いジュリエットの奇跡のような白い手に留まり、あの唇から永遠の祝福を盗むことも出来るのだから。穢れない処女の慎みから、お互いに触れることさえ罪と見做し、絶えず顔を赤らめているあの二つの唇からです!だがロミオには許されない。ロミオは追放!蝿にすら許される事を、捨てていかねばならない。蝿は自由なのに僕は追放だ。これでも追放が死ではないと仰るのですか。毒薬、研ぎ澄ました剣、なんでもいい。一思いに死ねる手立てはないのですか!
ロレンス:馬鹿な。狂ったか!少しは私の言うことに耳を貸せ。
ロミオ:ああ!どうせまた追放だと言うんでしょ。
ロレンス:その言葉を撥ね返す鎧をあげよう。逆境にある者への甘いミルク。哲学だ。心の支えになるだろう。例え追放されても…
ロミオ:ほらまた追放だ!哲学なんてくたばるがいい。哲学でジュリエットが作れるなら、街を丸ごとどこかへ移し大公の宣告を覆せるならいざ知らず、哲学が何の役に立つ!もう何も言わないでください。
ロレンス:そうか、わかった。気狂いには耳がないのだな!
ロミオ:あるわけがない、賢者に眼がないんだから!
ロレンス:今のお前の立場について話し合ってみよう。
ロミオ:身を以って感じていないことを話せるわけがない。神父様が僕と同じくらい若く、ジュリエットが恋人で、結婚して1時間後にティボルトを殺し、僕のように恋に落ちて、僕のように追放されたとしたら。そうなったら話も出来るでしょう。こうして髪を掻きむしり、床に身を投げ、これから掘られる墓穴の寸法を測るでしょう!

ロレンス:…立て、戸を叩く音だ。さ、ロミオ、隠れなさい。
ロミオ:嫌です!
ロレンス:ほら、叩いてる。「どなたかな!?」ロミオ、立ちなさい。捕まるぞ!「暫くお待ちを!」立て、私の書斎へ。「はいはい!」やれやれ、まるで子供だな!「只今、只今!そんなに叩いてどなたかな?どこから来られた?何の御用だ!」
乳母:中にお通しください。用向きはその上で。ジュリエット様のお使いでまいりました。
ロレンス:それはようこそ。
乳母:ああ、神父様…ああ、お教えください神父様。お嬢様のご主人様はどこに。ロミオ様はどこに。
ロレンス:ああ、そこの床で、自分の涙に酔っぱらっている。
乳母:ああ、お嬢様もこの通り、この通りでございます。お嬢様もこんな風に泣き伏して、ぶつぶつめそめそ、めそめそぶつぶつ嘆いておいでです。さあ立って!立って!立つんですよ、男でしょ!ジュリエット様のため、お嬢様のために、ピンと立って!
ロミオ:ばあや!ジュリエット、と言ったね。今どうしている!俺を酷い人殺しだと思っているんじゃないか?生まれたばかりの二人の喜びを、あの人の身内の血で穢してしまったんだから。どこに居る?どうしてる?密かに結ばれた僕の妻は、無惨に解かれた愛の事をどう言っている!?
乳母:ああ…それが何も。ただただ泣くばかり。今床に倒れ込んだと思ったらパッと立ち上がり、ティボルトと呼び、今度はロミオと叫ぶ!それからまたパタっと…
ロミオ:ロミオという名前が、狙いを定めた銃の筒先から発射され、ジュリエットを撃ち殺したのだ。その名を持つこの呪わしい手が、あの人の従兄弟を殺したように…ああ、神父様、教えてください。この忌まわしい身体のどの部分に、僕の名前が宿っているのか。教えてくだされば、その憎い住処を根こそぎにしてやる!
ロレンス:やめろ!ヤケを起こすな。それでも男か!誓っても言うがお前はもう少し、しっかりした男だと思っていた。さ、男なら立ち上がれ。お前が命を捧げてもいいと思っていた、お前のジュリエットは生きている。それがまずお前の幸せ。ティボルトはお前を殺そうとした、だがお前がティボルトを殺した。それもお前の幸せだ。死の宣告を下すはずの国法はお前の味方となり、追放に変わった。それもまたお前の幸せ!山程の恵みがお前の背に舞い降り、晴れ着を着た幸福の女神がお前に言い寄っていると言うのに、まるで捻くれた躾の悪い小娘のように、幸運と愛に脹れ面を向けている。いいか、用心しろ。そんなことだと碌な死に方をしないぞ!…さあ。手筈通りジュリエットのところへ。部屋に登っていって慰めてやれ!だがいいか、夜警が配備されるまで居てはならない。でないと、マントバに発つことが出来なくなる。あの街でお前は生きるのだ。私たちは折を見てお前達の結婚を公にし両家を和解させ、大公のお許しを願ってお前を呼び戻すことにしよう。その時の喜びは、立ち去る今の悲しみの百万倍にも及ぶだろう。婆やさん、先に行ってジュリエットによろしく伝えてくれ。家中の者を早めに床に就かせるように。深い悲しみの後では誰もがそうしたいはずだ。ロミオはすぐに行く。
乳母:ああ…一晩中ここに居て有難いお説教を伺っていたいくらい!ロミオ様、お嬢様にはすぐにお越しになるとお伝えします。
ロミオ:頼む。それから僕を咎める心構えをしておくようにと。
乳母:あの、それから…この指輪。お嬢様がお届けするようにと。どうかお急ぎになって。夜も更けてまいりましたから。

ロミオ:…お陰で、心の安らぎが蘇った。
ロレンス:行きなさい。おやすみ。暫くはマントバに留まること。いずれ使いの者を見つけ、こちらで何か良いことがあればその都度知らせよう。さ、おいで。…はっは、遅くなった。元気でな。…おやすみ。
ロミオ:喜びを凌ぐ喜びが、僕を呼んでいます。でなければ、こんなに慌ただしくお別れするのは辛くてなりません。…お元気で!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キャピュレット:思いもよらぬ不幸な出来事で、娘を説得する時間もありませんでした。何しろ娘は従兄弟のティボルトが大好きでしてな。
キャピュレット夫人:うう…
キャピュレット:無論、儂もそうだったが、まあ人間生まれたからにはいずれは死ぬ。夜も更けた。娘ももう降りては来ないでしょう。
パリス:ご不幸の折には、縁談など持ち出せますまい。奥様、失礼いたします。お嬢様によろしく。
キャピュレット夫人:かしこまりました。娘の気持ちは、明日朝早く確かめてみます。今夜は悲しみの中に閉じこもっておりますもので…
キャピュレット:……パリス殿、娘の心は思い切って儂から差し上げる事にしよう。なんであれ儂の言うことなら聞くはずです。いや、必ず聞かせる。おい、お前は休む前にあの子のところに行って、我が婿パリス殿のお気持ちを伝えるんだ。それから…おい、聞いているのか?この水曜日…あ、いや待て。今日は何曜日だ?
パリス:月曜です!
キャピュレット:月曜か?はっはっは、とすると水曜では早すぎるな。…木曜にしよう!いいか、「この木曜日、こちらの伯爵と結婚することになった」そう言うのだぞ。よろしいかな?急ぐようだがご異存は?
パリス:その木曜が明日であって欲しいくらいです。
キャピュレット:では木曜に。お前は寝る前にジュリエットのところに行って、婚礼の日の心構えをさせておけ。さようなら、パリス殿。いやはやすっかり夜も更けた。夜が明けたと言っていいくらいだな。おやすみ。

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ジュリエット:もう行ってしまうの?まだ朝じゃないわ。貴方の怯えた耳を貫いたのはナイチンゲールよ、雲雀じゃない。毎晩あそこの柘榴の木に止まって鳴くの。本当よ?ね?ナイチンゲールよ?
ロミオ:雲雀だった。朝の先触れだ。ナイチンゲールじゃない。…見てごらん。妬み深い光が幾筋も、東の空の雲の切れ間を縁取っている。夜空に瞬く灯火も燃え尽きて、朝日が靄に包まれた山々の頂に爪先立っている。立ち去って生きるか、留まって死ぬか。
ジュリエット:あれは朝の明るさじゃない、絶対に。太陽が吐き出した流星か何かが、今夜貴方の為に松明持ちになり、マントバまでの道を照らそうとしているのよ。だから傍に居て、まだ行かないで。
ロミオ:捕まってもいい、殺されてもいい。君がそう望むなら僕は本望だ。白んだ空は朝の眼ではなく、月の女神の額からの青白い照り返しだと言おう。頭上高く大空に響くのは、雲雀の歌声ではないと言いもしよう。僕だって行きたくない…このままここに居たい。死よ!来るがいい!喜んで迎えよう!ジュリエットの望みなのだから。…どうしたの?さあ話をしよう。まだ朝じゃない。
ジュリエット:朝よ、朝!急いで!行って!さあ早く!調子っ外れに歌ってるのは雲雀だわ。耳障りで嫌な金切声を張り上げて。雲雀は美しい調べを奏でると言うけれど、あの声は違う。私達を引き裂くんだもの。雲雀と蟾蜍は眼を取り替えたそうね。ああ、いっそ声を取り替えればよかったのに。だって、あの声が抱き合った私達を引き離し、朝を呼び立て貴方をここから追い立てるんだもの。…ああ、行って。段々明るくなってくる。
ロミオ:明るくなればなる程に、僕らの心は暗くなる。
乳母:お嬢様、お母様がこちらへ…!夜が明けます。お気をつけて。御用心を。
ロミオ:さようなら、さようなら。
ジュリエット:行ってしまうのね、大好きな人。ああ、私の夫、恋人!毎日手紙を頂戴。でも私にとっては1時間が100日、いいえ1分が100日よ。ああ、そんな数え方をしてたら、今度私がロミオに会うまでにお婆さんになってしまう。
ロミオ:さようなら。どんな機会も逃さず手紙を出すからね。大好きだよ!
ジュリエット:ああ、また会えると思う?
ロミオ:きっと会える。その時には今の悲しみも、楽しい思い出話になる。
ジュリエット:どうしよう。何だか胸騒ぎがする。下に居る貴方の姿がお墓の底の死人に見える。私の眼のせいかしら、貴方の顔が青褪めているのかしら。
ロミオ:本当だ。僕の眼には君がそう見える。悲しみが僕らの血を吸い取ってしまったんだ。さようなら…さようなら!
ジュリエット:ああ…運命の女神。みんながお前を移気だと言う。いくら移気でも誠実で知られるあの人に何の関わりがあるの!?いいえ、移気な方がいい。それならいつまでもあの人を手許に置いてはおかず、すぐに返してくれるだろうから。

キャピュレット夫人:ジュリエット、どうしたの。
ジュリエット:お母様、気分が悪くて…
キャピュレット夫人:いつまでティボルトが死んだのを嘆いているの?涙であの子をお墓から洗い流すつもり?仮にそう出来たとしても、生き返らすことは出来ない!だからもういい加減になさい。
ジュリエット:思い切り泣かせて。こんなに辛い別れはない。
キャピュレット夫人:いくら別れを辛がっても、別れたあの子は帰って来ないのよ!
ジュリエット:別れが辛くて、別れたあの人を思うと泣かずに居られないの。
キャピュレット夫人:それじゃお前が泣いているのは、あの子が死んだからではなく、あの子を殺した悪党が生きているからなのね!
ジュリエット:悪党って?
キャピュレット夫人:あの悪党、ロミオのこと!
ジュリエット:悪党とあの人は、天と地ほどもかけ離れている…神様、あの男をお許しください!私も許します、心から!でもあの男ほど、私に悲しい思いをさせる人はいない。
キャピュレット夫人:つまり、あの人殺しが生きているからなのね?
ジュリエット:そう、私の手の届かないところで生きているから。死んだ従兄弟の仇討ちは、私一人でさせて欲しい。
キャピュレット夫人:安心して!仇は私達が討ってやります。だからもう泣かないで。あのならず者は追放されてマントバに居る。誰か人を遣り、とっておきの毒薬を飲ませて直ぐさまティボルトの後を追わせるわ!そうすればお前の心も晴れるでしょう。
ジュリエット:本当に、私の心は晴れないわ。ロミオの顔を見るまでは!…死顔のことよ。死んでいるのは私の心。あの人への悲しみでいっぱいなの。お母様、誰かに毒を持たせるなら、調合は私がします。ロミオがそれを飲んで、すぐに静かに眠れるように。ああ嫌だ!その名前を耳にしながら傍へ行くこともできない。従兄弟への愛を思う存分、下手人の身体に注いでやりたいのに。
キャピュレット夫人:毒薬を見つけてくれれば、運び手は私が探します。でもね。こうして来たのは嬉しい話があるからなの。
ジュリエット:こんなに苦しい時に、嬉しい話は何よりだわ。お母様、どんなこと?
キャピュレット夫人:本当にお前、娘思いのお父様を持って幸せね。お前を悲しみから引き離そうと、急に嬉しい日をお決めになったのよ。お前にも、私にも思いがけないこと。
ジュリエット:まあお母様。一体何の日?
キャピュレット夫人:あのね。今度の木曜の朝早く。あの雄々しくて、若くて、ご立派な貴族。パリス伯爵が聖ペテロ教会でお前を幸せ一杯の花嫁にしてくださるの。
ジュリエット:聖ペテロ協会と、ペテロ様に懸けて幸せ一杯な花嫁になんてなりません!何故こんなに急に!?男のあの方はまだ求婚に見えてもいないのに。お母様お願い、お父様に言って!まだ結婚なんてしません!するとしたら相手はパリスではなく、憎んでも憎みきれないあのロミオ!これが嬉しい話だなんて!?
キャピュレット夫人:お父様がいらしたわ。自分でそうお言い!お前の口からお聞きになって、なんと仰ることやら…

キャピュレット:日が沈むと大地に涙の露が降りると言うが、兄の息子の日没にはどうやら土砂降りの大雨だな。どうした、噴水娘!なんだ、まだ泣いているのか?相変わらずのザーザー降りか。どうだ、お前、おい。儂らが決めたことは話したか?
キャピュレット夫人:ええ…でも、有り難いけれどお受け出来ないと。馬鹿な子!いっそお墓とでも結婚すればいいんだわ!
キャピュレット:なになに、もっとわかるように話せ、わかるように。…なんと?お受けできない?有り難いとは思わんのか。誇らしとは、恵まれているとは思わんのか。こんな出来の悪い娘なのに、あんな上出来な男を婿にと骨を折ってやったんだぞ。
ジュリエット:誇らしいとは思いません。でも有難いとは思います。嫌なことを誇りには出来ないけれど、嫌なことでも良かれと思うお気持ちから。だから有り難いとは思います。
キャピュレット:なんとなんと、屁理屈を捏ねおって。何だそれは?誇らしい?有難い?有り難くない?で以って誇らしくない?勝手な奴だ!有難いも誇らしいも無い!そんな暇にその結構な手足の手入れでもしておけ!木曜にはパリスと一緒に聖ペテロ教会に行くんだ。嫌なら簀にでも乗せて引き摺り出してやる。くそ!この青むくれ、こましゃくれ、白なまず!!!
キャピュレット夫人:まああなた、気でも狂ったの?
ジュリエット:お父様、跪いてお願いします。怒らないで一言だけ聞いて。
キャピュレット:くたばれ、小癪な親不孝者。いいか?木曜には教会に行くんだ。嫌なら今後二度と儂の顔は見るな、言うな!答えるな!返事もするな!!…ああ、手がムズムズする。なあお前、儂らはこの子一人にしか恵まれず神を恨んだこともあったが、こうなるとこいつ一人でも多すぎる。こんな子供を持ったのも何かの祟りだ。くそ忌々しい碌でなし!
乳母:まあ、お可哀想に。そんなにキツくお叱りになっちゃいけませんよ。
キャピュレット:なんだと、訳知り顔をしおって。余計な口を出すな。ぺちゃくちゃやりたきゃ仲間とやれ、出ていけ!
乳母:お為を思って申し上げておりますのに!
キャピュレット:ええい!喧しい!
キャピュレット夫人:ああ、そんなに熱くおなりになって!
キャピュレット:そうとも!気が狂いそうだ。昼も夜も仕事中も遊んでいても1人でいようが連れといようが常に私の気掛かりはこの子の結婚のことだった。そして漸く今、家柄も良く、領地も広く、若くて高貴な血筋で、男ならこう在りたいと思う理想の男を見つけてやったのに…泣きべそかいてこの馬鹿娘!「結婚はしたくありません、愛することは出来ません、まだ若すぎます、お許しください」と抜かしやがる。ようし!結婚したくないなら許してやる。好きなところで食っていけ。この家には置いておけん。いいか、よく考えろ。儂は冗談など言わぬ質だ。木曜は直ぐだ。胸に手を合わせてよーく考えろ。儂の娘なら、儂の気に入った男の嫁になれ。そうでないなら首括れ。乞食になれ、飢えて野垂れ死にしろ。断じてお前を我が子とは認めない、財産もビタ一文譲らない、嘘ではない!…いいか、よく考えろ。儂は誓ったことは破らないからな。

ジュリエット:雲の上にはこの悲しみを底まで見通す慈悲の神はいらっしゃらないの?優しいお母様、私を見捨てないで。結婚を延ばして。せめて一月、いえ一週間。それが駄目ならティボルトの眠る暗いお墓を私の新床にして!
キャピュレット夫人:話仕掛けないで。お前にはもう二度と口を聞きません。好きなようにおし。もう知りません。
ジュリエット:ああ…神様。ねえばあや、どうすれば取り止めにできるかしら?私を慰めて、いい知恵を貸して。どうすればいいの?ばあや、何か慰めを…
乳母:ええ、ええ。ありますとも。ロミオは追放。戻って来て、お嬢様を妻と呼べる見込みは万に一つもございません。仮に戻ってきたとしても、ごくごく内密に…ですから、こういうことになった以上、伯爵様とご結婚なさるのが一番ですわ!ああ、本当に素敵な方!ロミオなんかあの方に比べたら雑巾ですよ。それにパリス様のあの蒼くて、生き生きとして、綺麗な眼!鷲だって敵いっこない。今度の結婚でお嬢様が幸せにお成りになるのは間違いありません。だって前のよりずーっと上ですもの!そうでないにしても、前のお相手は死んだんです。生きてらしたって、離れ離れで役に立たないなら死んだも同然!
ジュリエット:心から言っているの?
乳母:ええ、魂から!でなきゃ心も魂も地獄に堕ちて結構。
ジュリエット:そうなりますよう。
乳母:え?
ジュリエット:別に…お前のお陰ですっかり気持ちが和んだわ。奥へ行ってお母様にお伝えして。お父様のご機嫌を損ねたからロレンス神父様の庵へ行って懺悔をし、罪の赦しを受けてきますって。
乳母:はい、確かに。お利口さんね。

ジュリエット:罰当たりな老いぼれ。ああ、恐ろしい悪魔!こんな風に私に誓いを破らせようとする。比べ物がないと、私の夫を何千回も褒めちぎった舌で、今度は散々コケ下ろす!どっちが大きな罪かしら?…さようなら。これまでは相談相手だったけど、もう私の心はお前とは縁を切るわ。神父様のところへ行って救いの道を伺おう。何もかも駄目になっても、死ぬ力だけは残っている。

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ロレンス:木曜ですと!?まあそれはまた急なこと…
パリス:舅キャピュレットが是非にと言っていますし、私としても急ぐことに異存は無い。
ロレンス:ご当人の気持ちは確かめていないと言ったな?事の進め方が順当ではない。良い事とは思えませんな。
パリス:何しろ、ティボルトの死を悲しんで身も世もなく泣くばかり。愛を打ち明けることなどほとんど出来ませんでした。舅は娘が悲しみの成すがままになるのは危険だと判断し、涙の氾濫を堰き止めるためにも、私達の結婚を急がせた方がいいと知恵を絞ったのです。これで急ぐ訳がお分かりになったでしょう。
ロレンス:延ばさねばならない訳などいっそ、知らずに居たい。ああ、ちょうどジュリエットが…
パリス:愛しい妻!良い所で会えた。
ジュリエット:もしかしたらそう呼ばれるでしょう。私が誰かの妻になれば。
パリス:そのもしかしたらが、この木曜には必ずになる。神父様のところへは懺悔に来られたのかな?
ジュリエット:それにお答えすれば、貴方に懺悔することになります。
パリス:あの方には、私を愛していると隠さず言うのですよ。
ジュリエット:貴方にははっきり言います。あの人を愛していると。
パリス:つまり、私を愛していると?ですね?
ジュリエット:神父様、今お時間がお有りでしょうか。それとも夕べのミサの時に改めて参りましょうか。
ロレンス:悩める我が子よ、丁度今は手が空いている。伯爵、暫く二人きりにしていただきたいのだが…。
パリス:勿論。お務めのお邪魔は致しません。ジュリエット、木曜の朝早くお迎えに上がります。それまでさようなら。この清いキスを、貴女の元に。

ジュリエット:ああ、扉を閉めて。そうしたら一緒に泣いてください。もう駄目、もうお終い、もう手がない!
ロレンス:ああジュリエット。お前の嘆きは聞かなくてもわかる。私も知恵を絞ったが、いい考えが浮かばないのだ。木曜には伯爵と結婚せねばならぬ。延期も出来ないそうだな。
ジュリエット:神父様、取り止めにする手立てを教えてください。もし神父様のお知恵でもどうにもならないなら、私の決心を賢いと褒めてください。この短剣ですぐにでもやってのけます!神様はロミオと私の心を、神父様は手と手を結び合わせて下さった。ロミオの手に重ねていただいたこの手がもし、新たな結婚の封印になるのなら、そして、私の誠の心が別の男に願えるなら、手も心もこうして殺してしまいます。ですから!長いご経験を基に、今すぐお知恵を。さもなければほら、血に飢えたこの短剣を、私と私の苦境の審判役にして、神父様のお歳や学問でも解決出来ない難問に決着を着けます。すぐお答えを!救いの手だてがいただけないのなら、すぐにでも死んでしまいたい!
ロレンス:待て!娘よ。一縷の希望が見えてきた。但しこれを実行するには、命懸けで当たらねばならない。今、食い止めようとしたのと同じくらいの命懸けでだ。パリス伯爵と結婚するくらいなら、自殺も辞さないという強さがあるのなら、この恥辱を追い払うために死にも等しいことをやることになる。もしその勇気があるなら、手立てを授けよう。
ジュリエット:ああ…パリスと結婚するくらいなら、高い塔の上から飛び降りろと仰って。これまで聞くだけで震え上がっていたことでも、恐れも迷いもすぜやってみせます。愛しいロミオの妻として清く生きる為ならば!
ロレンス:…では、いいか?家に戻り、楽しそうに振る舞ってパリスとの結婚を承諾しなさい。明日は水曜日。明日の晩は一人で休むこと。乳母もお前の寝室には寝かせてはならない。それから、この瓶を持って床に就き、中の薬液をすっかり飲み干すのだ。すると忽ち身体中の血管を、冷たい眠りの体液が駆け巡る。脈は鼓動を打ちやめ、止まってしまう。体温も、呼吸も、お前が生きている印を消す。唇と頬の薔薇色は褪せて、青褪めた灰色に変わる。死神を命の光を締め出すように、目の窓も閉じる。手足はしなやかな動きを奪われ、死人のように硬く強ばり冷たくなる。この仮死状態が42時間続いた後、まるで快い眠りから目覚めるようにお前は蘇るのだ。だが、朝になって花婿が迎えに来るとき、お前はベッドで死んでいるというわけだ。そこでこの国のしきたり通り、晴れ着を着せられ棺に乗せられ先祖代々キャピュレット家の者が眠る古い霊廟へと運ばれる。その間にお前が目覚める時に備えて、私はロミオへ手紙を出し事の次第を報せておく。戻ってきたロミオと私はお前に付き添って目覚めを待ち、その晩のうちにロミオはお前をマントバへ連れていく。こうすれば、この度の恥辱から逃れることが出来る。つまらぬ心変わりや女々しい気後れから、実行する勇気が挫けなければ。
ジュリエット:下さい、そのお薬を下さい。ああ…決して気後れなど。
ロレンス:よかろう。さあ、行って。気丈に首尾良く成し遂げるのだぞ。私は使いの修道士にロミオ宛の手紙を持たせ、マントバへと急がせよう。
ジュリエット:愛よ、私に強さを。強さがあれば、道は拓ける。さようなら、神父様。

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キャピュレット:ここに名前が書いてある方々をお招きするんだ。おい、お前らは腕利きの料理人を山程雇ってくれ。ところで娘はロレンス神父のところに行ってるのか。
乳母:はい、左様でございます。
キャピュレット:そうか。神父のお陰で少しは聞き分けが良くなるかもしれん。全く…我儘でどうしようもない奴だ。
乳母:ほら、懺悔からお戻りです。あんなに嬉しそうなお顔で。
ジュリエット:お父様と、お父様の言いつけに叛いた罪を悔い改め、こうして平伏し、お許しを乞うようロレンス神父様に諭されました。どうかお許しを。これからはお父様のお言いつけ通りにします。
キャピュレット:伯爵のところに遣いをやり、このことをお知らせしろ。明日の朝には婚礼を済ませよう。ああよしよし、立ちなさい。こうでなくてはな。いや全く、あの立派な神父は町中の大恩人だ!
ジュリエット:ばあや、私の部屋まで一緒に来て。明日の衣装選びを手伝ってちょうだい。どれがいいか、お前の意見も聞きたいの。
キャピュレット夫人:まあ、木曜でいいでしょ?まだ時間は充分あるし。
キャピュレット:いや、婆や、一緒に行ってやれ。教会へ行くのは明日に繰り上げだ。
キャピュレット夫人:それじゃ準備が間に合いません。もうすぐ日も暮れるし。
キャピュレット:なあに、儂が駆けずり回るさ。大丈夫、万事上手くいく。お前もジュリエットの所に行って着付けの手伝いをしてやれ。儂は今夜は寝ないぞ!これですっかり気も晴れた!あの我儘娘が心を入れ替えてくれたんだからな。

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ジュリエット:そうね、この服が一番いいわ。でもねばあや、今夜は一人にしてちょうだい。わかってるでしょ?捻くれて罪深い今の私に、天が微笑みかけて下さいますようにって、たくさんお祈りしなきゃならないから。
キャピュレット夫人:どう?忙しい?何か手伝うことは?
ジュリエット:いいえ、お母様。明日の式に必要な物はみんな揃えたわ。だからお願い、もう一人にして。今夜はばあやも一晩中お母様の御用をして。だってこんなに急なことだから、お母様も手が足りないでしょう。
キャピュレット夫人:じゃあおやすみ。……すぐ床に就いて、ゆっくり休むのよ。いいわね。
ジュリエット:…さようなら。ああ、いつまた会えるかしら。気の遠くなる冷たい不安が血管を流れ、命の熱を凍らしてしまいそう。呼び戻して励ましてもらおう!ばあや!…来てもらっても何になるの?この恐ろしい一場は、私一人で演じなくては。…おいで、薬……。もし、これが毒薬だったらどうしよう。神父様が私を殺すために巧みに調合なさったのかもしれない。先に私とロミオを結婚させた落ち度が、今度の結婚で表沙汰にならないように。そうかもしれない…いいえ、そんなはずはない!だっていつも聖者として崇められている方だもの。ああ…それにもし、お墓に横たえられて、ロミオが迎えに来る前に目を覚ましたらどうしよう。それよ怖いのは!そうなったら納骨堂の中で息が詰まってしまう。ロミオが来る前に窒息して死んでしまうわ!仮に命があったとしても、死と夜が恐ろしい想像を掻き立てる。古い霊廟の中だもの、何百年と言う長い間、埋葬されたご先祖の骨がぎっしり詰まっている。埋められたばかりの血塗れのティボルトが、経帷子に包まれて腐りかけている。それにあそこには、夜中のある時刻になると亡霊が集まってくると言う。ああ…どうなるか目に見える。目が覚めてそういう気味の悪い恐ろしいものに取り囲まれていたら、きっと気が狂ってしまう。ご先祖の骨をおもちゃにしたり、殺されたティボルトを経帷子から引き摺り出したり、半狂乱になって、身内の骨を棍棒代わりに我と我が手で狂った頭を叩き割るのでは!?ああ!ほら、そこでティボルトの亡霊が、その身を剣の先で刺し貫いたロミオを探している。やめて!ティボルト!やめて!…ロミオ、ロミオ、ロミオ。さあ一息に。貴方の為に。

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キャピュレット夫人:婆や、この鍵を。スパイスをもっと持ってきて頂戴。
乳母:台所では棗と果林が要ると言っております。
キャピュレット:さあ働け、働け、働け!二番鷄が鳴いたぞ、もう3時だ!アンジェリカ、パイは焼けたか?費用は惜しむな!
乳母:邪魔ですよ。さああちらへ。もうお休みなさいませ。こんなに夜更かしなさったら、お身体に毒です。
キャピュレット:なあに、平気平気!もっと下らんことで徹夜もしたが、何ともなかった!
キャピュレット夫人:ええ、ええ。若い頃はお盛んでしたし。でもそう言う徹夜は、この私が徹夜で見張ってますからね。
キャピュレット:妬くな、妬くな。おっともう朝だ!そろそろ伯爵が楽師達を連れてお見えになる。確かそういう話だった。そうら!お見えだー!婆や、お時間だ!どうした婆や、娘を起こしてこい、支度をさせるんだ。パリスの相手は引き受けた。急げ急げ!花婿の拵えだ。急げと言っているだろう!あちっ!あちっ!

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乳母:お嬢様、お嬢様。ジュリエット様。…まあ、ぐっすりお休みだこと。子羊さーん、お寝坊さーん、可愛い可愛い花嫁さーん。まあ、一言のお返事も?せいぜい寝溜めしておきなさい、一週間分ね。だって今夜は伯爵様が大張り切り!一睡もさせてはくださらないでしょうから!ああ失礼。ご容赦ご容赦。それにしてもなんてぐっすり…お起こししなきゃ。お嬢様?お嬢様。お嬢様!……!ああ…なんてこと!助けて!助けて!お嬢様が亡くなった!…ああ悲しい。生まれてなんか来なきゃよかった…気付薬のお酒を!旦那様!奥様!
キャピュレット夫人:何を騒いでるの。
乳母:ああ…悲しい、悲しい…
キャピュレット夫人:どうしたの?
乳母:あれを…あれを…ああ、なんてこと…!
キャピュレット夫人:どうしよう…どうしよう…可愛い子、私の命…生き返って。眼を開けて。でなければ私もお前の後を追う!助けて、助けて…助けを呼んで!!!
キャピュレット:どうした。ジュリエットを連れてこい。花婿がお見えだぞ。
乳母:死んで…亡くなってしまった。死んでしまった!ああ、悲しい…
キャピュレット夫人:悲しい…死んで、死んでしまった…!
キャピュレット:なんだと?見せろ。…ああ、もう冷たい。血の流れは止まり、手足も硬っている。時ならぬ死の僕、広い砥部で一番美しい華に降りたのだ。
パリス:さあ!花嫁が教会へ行く支度は?
キャピュレット:支度は出来た。しかし二度と戻らない。ああ、婿殿…婚礼前夜、死神が貴方の妻を娶った。そう、ここに…この、華の姿に…死神に死なされてしまった。死神が儂の婿、死神が儂の跡取りだ。娘を娶りおった。死んで何もかも奴に残してやる。命も財産も全て死神のものだ。
パリス:この日の朝を待ち侘びていたのに、こんな光景を目の当たりにしなければならないのか。
キャピュレット:可哀想な可哀想なたった一人の愛しい子。喜びも慰みもこの子一人に有ったのに、酷い死神が目の前から攫っていった…
乳母:ああなんて…なんて、なんて、なんて忌まわしい日!
パリス:欺かれ、引き裂かれ、辱められ殺された!酷い酷い死神の手で。もう破滅だ…!
キャピュレット:蔑まれ、苦しめられ、憎まれ、罪もなく殺された!ああ無情の時よ、何故今日という日に来た。娘も、晴れの婚礼も殺しおって。ああ、娘…娘。儂の魂。…もう、儂の娘ではない。ああ…娘は死んだ!ああ!
ロレンス:お静かに!見苦しい。いくら災いを嘆いても災いの癒しにはなりません。さあ、奥へ。奥様もご一緒に。パリス殿もどうぞ。どなたもこの美しい亡骸を墓地へ運ぶお支度を。天は貴方がたが犯した何らかの罪を罰したのだ。天意に背き、これ以上の怒りを招いてはなりません!

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ロミオ:眠りの中の嬉しい出来事を正夢と信じていいなら、昨夜の夢は喜ばしい報せが直ぐにも届く前兆だ。夢の中で、ジュリエットが来ると俺は死んでいる…。奇妙な夢だ。死人が物を考えるなんて。そして、唇に幾度もキスをし、命を吹き込んでくれた。俺は蘇って帝王になった!はあ…恋の陰でさえこんなにも喜びが大きいなら、恋が遂げられたらどんなに嬉しいか。…ヴェローナからの便りだ!どうだい、バルサザー。神父様の手紙を持ってきたんだろう。あの人はどうしてる、僕のジュリエットは!つい何度も聞いてしまう。あの人さえ無事なら何も心配はないんだから。
バルサザー:それなら確かにご無事。何も心配は要りません。亡骸はキャピュレット家の霊廟にお休みですし、永遠の魂は天使達の下においでですから。この眼でご一族の墓所に納められるのを見届け、すぐさまお知らせしようと駆けつけたのです。悪い報せをお伝えして申し訳ございません!ですが、仰せつかった役目ですので…
ロミオ:本当か?…運命の星よ。来るなら、来い…!俺の宿は知っているな?インクと紙を持ってこい。それから早馬を雇ってくれ。今夜、発つ。
バルサザー:お願いです!どうか堪えてください。真っ青で取り乱したお顔付き。何か只ならぬ事が起こりそうな…
ロミオ:馬鹿な。お前の思い過ごしだ。さっさと行って言われた通りにしろ。神父様の手紙は無いんだな?
バルサザー:はい、ございません。
ロミオ:もういい、行け。馬を雇うんだぞ。俺もすぐ行く。

ロミオ:ジュリエット、今夜は一緒に寝よう。さあどんな手があるか。おお、災いめ。絶望した男の頭に素早く忍び込んだな。思い出したぞ、あの薬屋。この辺りに住んでいたはずだ。この間見掛けた時もボロを纏い、垂れ下がった眉を顰めながら薬草を摘んでいた。頬は痩せこけ、貧苦に身を削られて骨と皮だった。その貧しい有様を見て俺は思ったものだ。もし毒薬が必要な客が来たら、マントバでは毒を売れば即刻死刑だと言うが、この惨めな薬屋なら売るに違いない。…ああ、あれは俺に毒が必要になる前触れだったのか。確かここがあの男の家だ。おい薬屋!
薬屋:どなたかな?そんな大声で。
ロミオ:こっちへ来い。余程金に困っているらしいな。…取っておけ。40ダカットある。毒薬を少しくれないか。効き目の速いやつがいい。身体中の血管を駆け巡り、生きることに倦み疲れた者を即死させるような…!
薬屋:そういう毒薬はございますが、マントバの法律では売った者は死刑。
ロミオ:そんなに貧しく、悲惨のどん底にありながらまだ死ぬのが怖いのか。お前の頬には飢えが、眼には重苦しい貧困が、背には見下げ果てた困窮が染み付いている。この世も、この世の法律もお前の味方ではない。この世にはお前を金持ちにする法律はない。それなら貧乏を捨てて法律を破り、これを受け取れ。
薬屋:それでは、私の心ではなく、私の貧乏が頂戴します。
ロミオ:俺も貴様の心にではなく、貴様の貧乏にやるのだ。
薬屋:これを…お好きな飲み物に入れて一気にお飲み下さい。たとえ貴方が二十人力でも、コロッとあの世逝きです。
ロミオ:さあ金だ!人の心にとっては何よりの猛毒。厭わしいこの世では貴様の売り渋るケチな毒より、遥かに多くの殺人を犯す。毒を売るのは俺だ。貴様ではない。さようなら、食い物でも買って肉をつけろ。

ロミオ:さあ毒薬…いや、命の妙薬だ。着いてこい、行き先はジュリエットの墓、そこでお前を使ってやる!

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ジョン:フランシスコ会のロレンス様、もし!
ロレンス:あれはジョン修道士の声。マントバからよく戻られた。ロミオはなんと。返事が手紙に書いてあるのならこちらにいただこう。
ジョン:実は、同門の修道僧を探し、道連れになってもらおうと致しまして。丁度、街の病人を見舞っているところを訪ね当てたのですが、街の検疫官に我々二人が伝染病患者の出た家に居たとの疑いをかけられ、戸には封印をされ一歩も外に出られなくなりました。そんなわけで足止めを食ってマントバには行かず終い。
ロレンス:では私の手紙は誰がロミオに…
ジョン:届けることが出来ずに、まだここに。その上、こちらにお返ししようにも、皆感染を怖がって、使いの者も見つかりませんで。
ロレンス:なんと運の悪い…。実を言えばこれは、只の手紙ではない。重大な要件が書いてあるのだ。放っておけば…由々しい事になる!!ジョン殿、すぐに行って金てこを探し、この庵に届けてくれ。
ジョン:では取って参ります!
ロレンス:こうなったら一人で霊廟に行く他は無い。3時間と経たぬうちにジュリエットは目を覚ます。可哀想に…死人の墓に閉じ込められ、生ける屍だ。

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パリス:向こうへ行っていろ。人に見られたくない。あそこの、イチイの木の下に横になって、虚な大地に耳を付け、墓地に踏み入る者がいれば口笛を吹け。何かが近づいてきた合図だ。その花…言った通りにするんだぞ。行け。

パリス:可愛い花よ。お前の新床にこの花を…。ああ、酷いことだ。天蓋は土と石か。夜毎、お前への手向けとして、これからも墓に花を撒き、ここで泣こう。合図の口笛か…誰か来たらしい。忌々しい、何者だ!折角の手向けを!真心の弔いを邪魔するのか!…夜よ、しばらく隠してくれ。

ロミオ:この手紙を、明日の朝早く、必ず父上に届けてくれ。いいか!命令だぞ。何を聞き、何を見ようと断じて近寄るな。
バルサザー:はい…向こうへ行きます。お邪魔はしません。
ロミオ:それでこそ友情の証だ。取っておけ。達者で暮らせ、お別れだ。世話になったな。

ロミオ:忌まわしい胃袋。死神の腸。この世で最も尊いものを、よくも飲み込んだな。貴様の腐った顎をこじ開けてやる。仕返しに、もっと食い物を詰め込んでやる。
パリス:悪党のモンタギュー!罪深い所業はやめろ。死者にまで復讐の手を伸ばそうと言うのか。極悪非道の悪党め、死んでもらうぞ!
ロミオ:いいとも。死ぬためにここへ来たんだ。君は紳士だ、捨て鉢になった男の気を立たせないでくれ。逃げろ、俺に構うな。お願いだ!俺を怒らせ、これ以上罪を重ねさせないでくれ。さあ行くんだ!誓って言う。俺はこの身以上に君を愛している。ここへ来たのも、我と我が身を手を下すためだ。グズグズせずに行ってくれ!生きてこう言うのだ。気狂いの情けで逃してもらったと!
パリス:そんな願いは聞きたくない!重罪人として引っ捕らえてやる。
ロミオ:俺を怒らせる気か…それなら行くぞ、小僧。

パリス:やられた…情けがあるなら、このままジュリエットの傍に寝かせてくれ…
ロミオ:よし、わかった。顔をよく見せろ。…マキューシオの身内、パリス伯爵…ここへ来る道すがら、バルサザーが何か言っていたな。確かパリスは、ジュリエットと結婚する筈だったとか。そう言わなかったか?あれは夢だったのか?それとも俺は気が狂い、ジュリエットと聞いただけでそう思い込んだのか。…さあ、その手で。俺と共に悲運の名簿に名を記された男。栄光の墓に葬ってやろう。墓…?いや、違う。明かり窓だ、パリス。ここにはジュリエットが眠る。その美しさに、この墓場は光に満ちた宴の広場にしているのだから。

ロミオ:はあ…恋人。僕の妻。息の蜜を吸い取った死神も、君の美しさにはまだ力及ぼしていない。君はまだ征服されてはいない。美の旗印を、唇にも頬にも赤々と翻り、死神の青白い旗もここまでは迫っていない。ティボルト、お前もそこか。血塗れの経帷子に包まれて…さあ何よりの供養をしてやろう。お前の若さを真っ二つにしたこの手で、お前の敵の若さをズタズタにしてやる。許してくれ、従兄弟よ…。ああ!愛しいジュリエット!どうしてまだこんなに美しいんだ!姿形のない死神も君に恋をし、あの痩せこけた穢らわしい怪物は、君を愛人としてこの闇の中に囲っておくのか?そうならないように僕はいつまでも傍にいる。この暗い夜の宮殿から、二度と外へは出ない!君の侍女の蛆虫と一緒に、ここに…ここに留まろう。ああ!ここを永遠の安住の地と定め、浮世に疲れたこの身体から、不幸な星の組み木を外そう!眼よ…これが見納めだ。腕よ…抱きしめるのもこれが最後だ。唇よ…息吹の扉よ…正当な口付けで捺印しろ。全てを買い占める死神との、無期限の売買契約に。…さあ!苦い導き手、来い、嫌な味の案内役。お前は捨て鉢になった舵取り。今こそ、波に揉まれ疲れたこの船を、岩角に当てて砕いてくれ!…愛するジュリエットの為に。

ロミオ:うっ!信用できるな、薬屋。効き目は早いぞ。…こうして、口付けしながら俺は…死ぬ。

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ロレンス:ん…ん?この血はなんだ。どういうことだ。主人の無い血染めの剣が、この安らぎの場所に投げ捨ててある。…ロミオ!うわぁ…!真っ青だ…もう一人は…何とパリス!血にどっぷり浸かって…ああ、何という残酷な、時の仕業!…ジュリエットが目を覚ます。
ジュリエット:良かった…神父様、あの人はどこ?私、どこに居るはずなのか良く覚えています。ここがそうなのね。私のロミオはどこ?
ロレンス:夜警が来る。さ、早く起きてきなさい。人智を超えた大きな力が、我らの目論みを阻んだのだ!さあ、おいで。お前の夫は死んでいる。パリスもだ。さあおいで。とりあえずお前は尼僧院で預かってもらおう。なあおいで、夜警が来る!ジュリエット…もう、ここには居られない…いい子だから!
ジュリエット:どうぞいらして!私は行きません!

ジュリエット:…これは何?愛する人の手に、しっかり握られて。…わかった。毒がこの人の早すぎる死を招いたのね。…ああ、意地悪。すっかり飲み干して。一滴も残してくれなかったの?後が追えないわ。唇にキスを。まだここに少し付いてるかもしれない。これで死ねるかしら?あの世の命の妙薬で…貴方の唇、まだこんなに温かい!…ああ人の声、急がなくては…嬉しい、短剣が!ここがお前の鞘。ここで錆び付いて、私を死なせて。

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ピーター:ここです!
夜警①:辺り一面血だらけだ。墓地を捜索しろ。何人かいけ。見つけ次第、誰であろうと引っ捕らえろ。
夜警たち:はっ!
夜警①:無惨な…ここには伯爵様が殺されて、ジュリエット様も血を流している。温かい…亡くなったばかりだ。二日前、ここに葬られた筈だが…大公にお知らせしろ。大至急キャピュレット家にも。モンタギューご夫妻もお起こしするのだ。
夜警③:はっ。
夜警②:ロミオ様の従者です。墓地で見つけました。
夜警①:大公がお見えになるまで身柄を抑えておけ。
夜警②:はっ。
夜警③:この修道士は震え、ため息をつき、泣くばかりです。
夜警①:大いに怪しい。その修道士も留めておけ。
大公:こんなに早くから何を騒ぎ立て、この身を朝の安らぎから呼び起こすのだ。
キャピュレット:一体これは何の騒ぎだ。
キャピュレット夫人:ああ、街中でロミオと叫ぶ者、ジュリエット、パリスと叫ぶ者、みんな大騒ぎで我が家の霊廟に駆けて来る!
大公:どうした、恐怖の叫びがこの耳を脅かす。
夜警①:閣下、ここに大公のお身内、パリス伯爵が殺されて、ロミオ様も亡くなり、亡くなったはずのジュリエット様はまだお身体が温かく息を引き取られたばかりのようです。
大公:捜査し、この忌まわしい殺害の経緯を明らかにしろ!
ピーター:うわあああああ…
キャピュレット:おお…何と、見よ!娘が血を流している。この短剣は収まる場所を間違えた。モンタギューの若造の腰をみろ、もぬけの殻だ。娘の胸を鞘と取り違えおって…
キャピュレット夫人:ああ…この死顔は、老いゆく私を墓場へと急がせる墓場へと急がせる弔いの鐘…
大公:さあ、モンタギュー。お前が早起きしたのは、早死にした跡取り息子に会うためだ。
モンタギュー:ああ、閣下…妻は昨晩死にました。息子の追放の悲しみに息の根を止められたのです。この上どんな嘆きが老いの身を鞭打つのです。
大公:それ、そこを見ればわかる。
モンタギュー:…あ…この不心得者!礼儀も作法もない。父上を差し置いて墓場に急ぐやつが居るか!
大公:暫く激しい悲嘆の口を閉じるのだ。まずは不審な点を明らかにし、事の源、原因発端を確かめねばならない。疑わしい者をここに引き出せ!
ロレンス:私こそがその筆頭。この悲惨な殺人に関して、時と所が不利に働き、最も無力ながら最も大きな嫌疑の的でございます。
大公:それでは、直ちに知っていることを申してみよ。
ロレンス:では、手短に。老い先短い私には長々と申し上げているゆとりはございません。そこで死んでいるロミオはジュリエットの夫。そこで死んでいるジュリエットは、ロミオ一途の妻。この私が二人を出会わせ、その密かな婚礼の日が、ティボルトの最期の日。その非業の死により、新婚の花婿はこの街から追放となりました。それがジュリエットの悲嘆の元。ティボルトの死が元ではございません。貴方がたは、悲しみの囲いからジュリエットを救い出そうと、パリス伯爵との婚約を強い結婚させようとなさった。ジュリエットは私の庵へ訪れ、半狂乱の面持ちでこの重婚から逃れる術を教えて欲しい、でなければその場で自殺すると迫ったのです。そこで独学の処方により、眠り薬を与えたところ思い通りの効き目を表しジュリエットは仮死状態に陥りました。一方、ロミオには手紙を書き、他でもない今夜この地に立ち寄り、ジュリエットを仮の墓から連れ出す助けをするよう伝えました。ところが手紙を託したジョン修道士が思わぬ事故に阻まれ、昨夜手紙を持ち帰ったのです。そこで私はただ一人、ジュリエットを連れ出すため、ご一族の霊廟へと駆けつけました。だが…時ならぬ死に見舞われた気高いパリスと忠実なロミオの姿。ジュリエットが目を覚ましました。直ぐさま抜け出しこの天の配剤を耐え忍べと説得したのですが、その時ちょうど人の声がし、私は驚いて墓の外に…だがジュリエットは絶望のあまり着いてこようとはせず、どうやら自ら命を絶ったと思われます。これが私の知る全てでございます。
大公:お前のことはかねてから、徳高い神父と信じている。ロミオの従者はどこだ!何か言い分はあるか。
バルサザー:ジュリエット様が亡くなったことをお伝えしますと、主人はマントバから早馬を仕立て、ここ、この霊廟へと駆けつけたのです。お父上にお渡しするようにと、先程この手紙を…。
大公:この手紙は神父の言葉を裏書きしている。二人の恋の進み行き、ジュリエットの死の報せ、それから、貧しい薬屋から毒薬を買ったことも書いてある。その毒を持ってこの霊廟を訪ね、ジュリエットを抱いて死ぬつもりだったと…仇敵の二人はどこだ!キャピュレット!モンタギュー!見ろ!これがお前達の憎悪に下された、天罰!天は、お前達の喜びを、愛によって殺すという手立てを取った。そして私も、お前達の不和に目を瞑った罰として、身内を二人までも失った。皆、一人残らず罰を受けたのだ。

大公:朝と共に、陰鬱な安らぎが訪れる。太陽も悲しみ、顔を見せようとしない。この場を去り、悲しい出来事を語り合おう。許すべきものもあれば、罰すべきものもある。数ある悲恋の中でも、ロミオとジュリエットの物語ほど痛ましいものは無い。



ー了ー